五等分の妹嫁 その4
そんなわけで無事、食材は美味しいカレーに変身した。
自己申告通り、いつもの雪音には及ばなかったが、それでも充分すぎる味である。
俺は腹も減っていたのでおかわりしたのだが、それが嬉しかったのか、気難しい五女も食後は笑みを浮かべて上機嫌だった。
「さーて、と。とりあえず一休みだな」
言いながらカーペットへ転がる。
腹ごなしの済んだ麗らかな陽気の午後とくれば、昼寝には絶好のロケーションだ。体に悪いので本格的に寝るつもりはないが、ゴロゴロするだけでも充分すぎるほど気分が落ち着く。
「……もう。お兄ちゃん」
だがそんなお行儀の悪さは、しっかり者の長女にとって気になるポイントらしく。
ソファに腰かけた彼女は、こちらを静かに窘めてきた。
「牛になっちゃいますよっ」
「モー」
「っ……ご、誤魔化されませんからね」
「ちょっと可愛い辺りがお兄ちゃんですねー……」
長女と一緒に腰かけた四女がうんうんと頷く。この子が何に納得したのかよく解らんが、邪魔をしないならとりあえずは放置で良いだろう。
「じゃなくて! ご飯食べたばっかりでゴロゴロは良くないですっ」
「とはいってもな。長女さんや。俺だけじゃないぞ?」
「ごろごろ~♪」
「~♪」
視線を向ければ、そこには転がる二人の雪音。
次女は思い切り俺の腹を枕にしているし、五女は控えめに、だが決して離れない絶妙な距離で添い寝をしていた。
「そ、それはそうですけど……もう、二人もです! 起きてください!」
「え~。いいよ、大丈夫だよ~!」
「……私はお料理でHPが空になったので回復中です。お兄ちゃんが隣にいるのはたまたまですから気にしないでください」
「離れる気ゼロですね……もういっそ私も寝ちゃおっかな……」
「え、裏切るの!?」
「じょ、冗談です冗談。もう少し経ってからにしますから」
「四女による犯行予告だな。どうする長女」
「ど、どうするって……」
「犯行じゃないですよーだ。お兄ちゃんは私に冷たいと思います」
「そうでもない――へ?」
長女をみんなでからかっていたら、ひょいと顔に手がかかる。
何が何やら解らないまま頭が持ち上げられ、続きやわっこくて暖かな感触が後頭部を占領した。
「お、おお?」
「えへへ。どうですか、お兄ちゃん」
いつの間に近づいて来たのだろう。
ふと見上げれば、そこには聖女が如き三女の微笑み。
「ど、どうって何が?」
「頭の位置が不安定でしたから。どうかなって」
そう。改めて言うまでもないが、膝枕である。
しかも髪を手で梳くオマケ付き。膝枕+なでなでという対雪音最終兵器が、何故か俺に対して牙を剥いていた。
「苦しくないですか?」
「ぜ、全然大丈夫だ。苦しくない」
「そうですか。良かったです、えへへ」
俺の強がりに微笑む三女。
いや苦しくないのは本当なのだが、そんなことがどうでも良いほど次元の違う問題が出てしまっている。
後頭部に感じるふにふにとした太ももの感触とか、ワンピースの薄布では遮れない体の熱とか、否応なしに飛び込んでくる甘い甘い香りとか――!
「いやぁ長女の言う通りだ! 寝ない方がいいな、うん!」
「ひゃあ!?」
「きゃっ」
急激に体を起こしたため、ついてこれなかった次女が転がり、五女が驚きに身を竦める。
「び、びっくりしたぁ……」
「……折角回復してたのに。これは罰ゲームものです」
だが、そんな抗議の声を拾う余裕もないほどに俺の頭は沸騰していた。
「ありがとうな、三女! もう充分だ!」
「あ……お兄ちゃん。もういいんですか……?」
なんでちょっと寂しそうな顔してるんだよ三女はぁぁぁぁぁ!!!
「お、おう。ありがとうな。ほら、あんまり寝てると牛になるしな。うん」
「……お兄ちゃんが良いなら良いですけど……また眠たくなっちゃったら言ってくださいね? 私で良ければ、いつでも膝を貸しますから」
まぶしくて見えない。
にっこりとした三女の微笑みはまさしく天使のそれで、不意打ちを喰らった頬が強制的に赤くなる。
(いかんいかん。ちょっと気を引き締めねば……)
三女は大人しいから大丈夫だと判断していたが、予測していなかった分だけ破壊力抜群。場合によっては、本来の雪音より強力になるワイルドカードのようだ。
「お兄ちゃん……不意打ちに弱かったんですね。良いこと知っちゃいました♪」
「弱くない。勘違いするな」
楽しそうに告げる四女へ釘を刺す。
実際のところ思いっきり図星なわけだが、兄の沽券もあるし、悪戯好きの彼女に知られるリスクは考えたくもなかった。
「いやいや、今のは無理ですよ。完全に赤くなってたじゃないですか」
「違う。俺は長女の説得に応じただけで、別に三女の膝枕に屈したわけじゃない」
「えぇー? その言い訳は無理あると思いますよぉー? リアル北風と太陽でしたもん」
「違うと言ってる。いい加減に――」
「………………私だって」
ぴたりと動きを止める。
その声音は良く知っているが故に、出来るだけ聞かないよう心掛けている声音だった。
「私だって好きで北風やったわけじゃないもん……」
小さく頬を膨らませ、膝の上で拳を握った長女が呟く。
しっかり者の彼女にしては珍しい、その表情は――どう見ても完全に拗ねる子供のそれだった。
「……四女。お前のせいだぞ」
「わ、私!? お兄ちゃんじゃないんですか!?」
「北風とか言うからだ!」
「そ、それはそうかもですけど……お兄ちゃんが寝っ転がらなければ良かったんですよぉ!」
「……もうっ! 二人ともです!!!」
「「はい、すいません!!!」」
マジ拗ねの雪音に勝つ手段はない。
醜い争いを繰り広げていた俺と四女は、一瞬で正座するのだった。




