五等分の妹嫁 その3
さて、そんなわけでスーパーである。
まさかの再登場“スーパーベジータ”――みんなお馴染み国民的名作とは関係ないはずだが、相変わら凄い名前のスーパーだ。徒歩十分と立地も悪くないので、伊達家は結構愛用しているが。
「えへへ。お兄ちゃん、選んでくれてありがとう」
カートを押す俺の横で嬉しそうに微笑むのは、長女の雪音だった。
既に道すがら何度も言われたお礼に苦笑しつつ、こちらも変わらぬ言葉を返す。
「礼なんていらないっての。お供をお願いしただけなんだから」
「それでも嬉しかったもん。お礼を言うのは当然です」
「……はいはい」
本人が良ければ極論いいのだが、長女を選んだのは消去法だっただけに胸中は複雑だ。
まず甘えん坊の次女はマトモに買い物も難しそうだったので、真っ先に外した。続いて四女も俺をからかう悪癖があるので却下。
三女は最後まで迷ったのだが、性格上、おっとりしすぎていて買い忘れの心配があったので長女を選んだというわけである。
「えーっと……あとは肉か」
「うん」
そして今のところ、その選択は正解だった。
五女に作ってもらった買い物リストに従い、長女は次々と食材を買い物カゴへ放り込んでゆく。その効率は普段の雪音とも遜色がなく、素晴らしい手際だった。
一つ難を挙げるとすれば――。
「お肉、お肉……あ。お兄ちゃん。これどうかな?」
「ん? いやぁ100gで1,500円は高いだろ」
「そ、そうかな?」
――いつもの雪音より金銭感覚がおおらかなことである。
お値段の張る商品を選びやすいというか、値段と品質は比例すると確信しているというか……解らなくもないが、とにかく財布のひもが緩みがちだった。
「お昼はカレーっぽいし、もっと安い肉でいいだろ」
「……む~」
「安いやつで良いって言っているのに不満顔された」
「だって……」
「だって?」
「……お兄ちゃんに美味しい料理を食べて欲しいから」
「…………不意打ちだな」
昔から同じセリフは何度も言われている。
だが雪音は食材の値段よりも料理の腕を上げることを重要視していたので、そう繋がってくるとは思わなかった。
「料理を作るのは別の子だし……私にできることはこのくらいかなって……」
「あんま気にしなくていいと思うぞ。一緒に買い物来ているだけで充分助かってるから」
「……ほんと?」
「ほんとほんと。バッチリだ」
「そ、そうかな? お兄ちゃんとのお買い物はむしろご褒美だから……全然そんな気がしないけど……」
納得いかないのか、首を傾げる長女。
その頭をぞんざいに撫でてやりながら、からからとカートを進める。この話題はあまり気が進まないので、さっさと話を変えてしまおう。
「そういえば買い物だけど。カレーだけじゃ偏るし、サラダとか買ってくか?」
「あ、うん。お兄ちゃんがそう言った時用に、お野菜のリストも貰ってるよ」
「おお。やるな五女……お見通しか……」
「あはは。お兄ちゃんは解りやすいですから」
「いやいや。そんなことないだろ」
「そんなことありますよー♪」
「……まぁお前らも解りやすいし。俺もそうなのかもな」
否定しようとしたはずの口は、気づけば負け惜しみを吐き出していた。
そのくらい長女の浮かべた微笑みは問答無用だったのである。何あれずるい。
「んぅ? 解りやすいかな?」
「おう。甘えたい時とかすぐ解るぞ」
大体いつもとかいうのは禁止。
「えへへ。それは違いますよ、お兄ちゃん」
「ん?」
「私が解りやすいんじゃなくて――お兄ちゃんが私のことをたっくさん理解してくれてるからです♪」
「…………だめだ。勝てる気がしねぇ」
もはやそれは確信だった。
何を言おうがそれ以上の刃で返される――恥ずかしさだけで考えるなら、からかってくる四女の方がマシなくらいである。
「…………さっさと買い物して帰るぞ」
「えへへ。お兄ちゃん、降参ですか?」
「降参降参。降参するから買い物に戻るぞー」
「はーい♪」
くそう。楽しそうにしやがって……。
これで勝ったと思うなよ!(注:降参宣言しています。
◆◇◆◇◆
というわけで、惨敗を快く(?)受け入れて暫し。
「ただいまー」
「戻りましたー♪」
やたらと機嫌のよくなった長女を引き連れ、俺は無事に帰宅した。
三つの買い物袋はパンパンに膨れ上がっており、結構な重量である。幼馴染で集まる時に比べればマシだが、俺と雪音だけでこの量というのはちょっと記憶になかった。
「お兄ちゃん、おっかえりー!」
「ん。ただいま」
「えへへ~。充電開始~♪」
「それじゃあ私も♪」
「シンプルに重い」
いくら雪音が細身とはいえ、買い物袋に加えて片腕に一人ずつは辛い。
飛びついてきた次女と長女を引きずりながらリビングに入ると、残る三人の姿が見えた。調理担当である五女は真剣にレシピ本を見つつ、キッチンで事前準備に余念がない。
一方、大人しく待っていた三女と四女、は――?
「…………お前ら。何で服を入れ替えてるんだ?」
「「え!?」」
否。全然大人しくせず、なんかプチドッキリを仕掛けていた。
「ややこしいからやめなさい。疲れるだろ」
「すごーい! 大正解だ~!」
「あ、あはは。バレちゃいました」
「まさかの即バレ……よく解りましたね……絶対大丈夫だと思ったのに」
「お兄ちゃんをなめすぎだ」
というか、三女がニヤニヤして四女が穏やかに微笑んでたらそりゃ解る。
本当に騙す気があったのか疑いたくなるほどの大根役者っぷりだ。
「言い出しっぺは四女だろ。まったく」
「決めつけはよくないですよーぅ! どうして私なんですか~!」
「違うのか?」
「違わないですけどっ。てへっ♪」
「だろうな!」
「あ、あはは……」
「三女もちゃんと断らなきゃだめだぞ」
「……はぁい。ごめんなさい、お兄ちゃん」
「ん。解ればよろしい」
「……なんか差別を感じますねー。待遇改善を要求します!」
「お前の態度からまず改善しなさい」
ぎゃーぎゃー騒ぐ四女を適当にあしらっていると、ふと視線を感じる。
「……(じー」
その出元はキッチン。
俺がじゃれている間に料理をし始めた、五女からだった。
「ん?」
「…………(さっ」
視線を向けると露骨に逸らされる。極力こちらと視線を合わせないにしているようだが、なんか構って欲しそうだったのでとりあえずキッチンまで向かうことにした。
「おーい。五女~。手元見ないと危ないぞー」
「……(つーん」
「危ないぞー」
「……(つんつーん」
「ほら、ぷにー」
「ふにゃ!?」
言うことを聞かない子には実力行使も辞さない。
それが俺、伊達一護だ!
「お、お、お兄ちゃん! 何するんですか!」
「いや気づいてないのかと思って」
「ちゃんと気づいてます! その上で返事しなかったんです!」
「ほほう。お兄ちゃんを無視するとは、紛れもない悪い子だな」
「あ、あぅ……」
五女が小さくうなる。
表情からすると本人にも悪いという自覚はあったらしい。だが若干驚いていることから、怒られるまではいかないと思っていたようだ。
まぁその見方も正しい。
普段の俺であれば苦笑して済ませる程度の可愛い拗ね方だが――ふはは、甘いぞ五女。よく解らん状況に一杯一杯の俺が普段と同じと思ったか!
「というわけで悪い子にはおしおきだな。普段のお前なら断固拒否する、すごい罰をくれてやろう」
「お、大人げないですよお兄ちゃん!」
「ふはははははは、もう遅い」
「っ!?(あわわわわわわわ」
なんか思った以上に動揺している五女に、俺は断固たる決意で告げる。
「一緒に昼飯を作るぞ!」
「………………え?」
「聞こえなかったか? 昼飯だよ昼飯。カレーだろ? ほら、さっさと指示くれ」
「え、えっと……おしおきは?」
「一緒に作るのがおしおきだ。普段のお前は絶対キッチン入れてくれないし」
「…………それはそう、だと思いますけど…………え? それだけ……ですか?」
「それだけですが?」
「……む~~~! お兄ちゃん、私をからかいましたねっ?」
「それも込みでおしおきだ。実際、無視は酷いぞ無視は。解るな?」
「…………はい。ごめんなさいでした」
「ん、よろしい」
多少むくれてはいたが、それでも素直に五女は謝罪した。
立派に兄の務めを果たしたところで、適当な食材を手に取る。
「さ、作るぞ。まず何をしたらいい? 野菜でも洗うか?」
「……む~。言っておきますけど、お料理を手伝うってことは、私の命令に絶対服従ってことですからね?」
「はいはい」
「絶対ですよ!」
「はいはい。服従服従」
「絶対ですからね!」
「料理に関することならなー」
「聞いてくださいよ~~~~~~!!!!!」
さて、それでは共同作業のスタートだ。
俺の手などあってもなくても同じようなものだが、不安定な五女が相手なら、まぁ少しはマシだろう――。




