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五等分の妹嫁 その2

 ――それから暫し。


「…………疲れた」


 見立てを終えた俺は、カーペットに崩れ落ちていた。


 雪音達は俺のコーディネートに遠慮なくダメ出しし、試着した上で感想を要求。

 しかも服が良くても褒め言葉(かんそう)がお気に召さなければ、また試着に戻るというエンドレス。会話の中で各自の趣味嗜好を必死で読み取り、なんとか五人分を終わらせたわけだが、精神的には相当の重労働だった。


(やっぱ普段の雪音は天使だな……)


 一緒に買い物へ行き、今日のように見立ててやったことも幾度となくある。


 だが彼女は俺に負担を出来るだけかけまいと、あらかじめ候補を絞っていたし、拙い褒め言葉でも喜んでくれたが――今の彼女達は、オリジナルと性格がだいぶ違っていた。


(そういや要素が偏るとかなんとか親父が言ってたな……)


 それが出ているということなのだろうか。


 頭の中を整理するためにも、順番に紹介しよう。


「お兄ちゃん。疲れちゃいましたか?」


 まずは長女の雪音。(ちなみに長女~五女は服装が決まった順である)

 彼女にはキャミソールの重ね着とタイトスラックスをコーディネートした。雰囲気と同じで、比較的落ち着いた服装がよく似合っている。


「いや……大丈夫だ。うん、多分きっと」

「どっちなんですか? ふふ」


 俺の受ける印象はしっかり者――面倒見のいいお姉さんといったところだ。言葉遣いも丁寧ながらフランクと、中々好感が持てる。


「ダーイブ♪」

「っと!?」


 続いては次女の雪音。

 彼女はTシャツとハーフパンツという活動的な服をオススメした。そもそも服にはあまり興味がなかったようだが、こうやって飛び掛かってくることを考えると我ながらナイスチョイスである。


「えへへー。どうどう? お兄ちゃん、びっくりした?」

「こーら。ビックリはしたけど危ないだろ」


 彼女はとにかく甘えん坊――というか幼くて、あまり理屈が通じなかった。じゃれついてくる子犬のようなもので、ついつい可愛がってしまう。


「お兄ちゃんの言う通りですよ。ほどほどにしてくださいね」


 そして三女の雪音。

 彼女にはゆったりとしたワンピースをセレクト。元々雪音が気に入っていた服だが、オリジナルに近い雰囲気を持つ彼女にはよく似合っていた。


「おいおい。ほどほどであればいいのか?」

「えへへ。お兄ちゃんに甘えたいの、解りますから。やめろって言えないです」


 柔らかな笑顔で微笑む。彼女はとにかく優しかった。コーディネートの際も他のメンバーを見て拍手したり褒めたたえたり、俺よりよっぽど的確な反応をしてくれていたものである。


「そうだそうだー。私達も甘えたいでーす♪」


 さらに四女。

 彼女にはパーカーと短めのデニムを着てもらった。元々雪音はスレンダーながらスタイル抜群だが、いつもより活動的だからか普段以上の着こなしである。


「甘えたい言われてもなぁ……俺の体は一つしかないぞ」

「それじゃ次を予約しちゃいまーす♪ 妹ばっかり贔屓は良くないですよ?」

「いや全員妹だろ」


 それもそうですね、と朗らかに笑う。

 彼女は人当たりの良さが前面に出ていた。軽い冗談を織り交ぜつつ、屈託のない笑顔を浮かべてコミュニケーションを取る社交性の鬼――本気を出せば容易く万人を魅了するだろう、恐るべき少女である。


 そして最後――。


「……(むすっ」


 一番、気難しいと思われる五女。

 彼女は暖かさを追求し、厚めのセーターと大きめのズボンを履いていた。秋になりかけているとはいえ、俺からすればまだ蒸し暑いというのに、結構な寒がりさんである。


「えーと……どうかしたか?」

「……別に? 何も言ってませんけど?」


 うん、確かに言ってないよ? 言ってないけど、不満げな顔で裾を引っ張っているのは何でかな?


「ひょっとして拗ねてる?」

「す、拗ねてないです! さっきも言いましたよね、子供じゃないって!?」

「ああうん、はいはい」


 理解した。気難しいというより、拗ねやすいんだこの子。

 “しゃー”って威嚇してくる辺りとか、いつも雪音が拗ねる時のだし。


「な、なんですかその適当な感じ!」

「いやいや適当じゃないぞ。俺が悪かった。ほれ、機嫌直せって」

「だから撫でないでいいんですってば!」


 まったくもうとか言いながら、頬を膨らませた五女が大人しくなる。


 その様子を見ている他の面々の視線は生暖かったが、この子、君達とほぼ同一人物だからね?


「……まぁいいや。それじゃ、改めて話をしようか」


 崩れ落ちたまま、ぐったりとしていた体を起こす。

 ついでに次女を引きはがして長女へ渡すと、しっかり者の彼女は苦笑いを浮かべた。嫌がらないで受け取ってくれて何よりである。


「えーっと。まず教えてくれ。みんなって、それぞれどういう認識なんだ?」

「どういう……って?」

「いや、なんていうか……お前らって全員、雪音だろ? 俺も正直ビックリしてるけど。当の本人達がお互いをどう認識してるのかなーって」

「ああ。そういうことですか」

「えーっとね、私!」

「そうそう、その感覚だよね」

「あー。自分がもう一人――じゃなくて、あと四人いるって捉えてるのか?」

「ええっと……そうじゃなくてね、お兄ちゃん。私じゃないんだけど、私っていうか――」

「……鏡に映った自分を見てる感じです」


 五女のセリフで、言いたいことはなんとなく解った。

 鏡とは言いえて妙だ。左右反転した己じゃない己が鏡の世界にいるように――文字通り“別れた”彼女達は、他の四人を自身として感じているということだろう。


 同族嫌悪で仲違いでもされたら、どう仲裁していいか見当もつかないので、俺としては非常にありがたい状態である。


「それじゃ記憶とかも全員同じなのか? ひょっとしたら俺の自己紹介っているかなーとか思ってたんだけど」

「大丈夫ですよ。お兄ちゃん」

「はい。全員しっかり覚えちゃってます」

「……そもそも記憶がなかったら、お兄ちゃんなんて呼ばないです。そのくらい気づいてください」

「ぐ」

「あ、でもお兄ちゃんの自己紹介は見たいです!」

「よーし四女。君はフォローする良い子だ。撫でちゃる」

「えへへー。ありがとございまーす♪」


 宣言通り四女を甘やかすと五女がさらに拗ねた。理不尽である。


 ともかく、記憶については全員が共有しているようだ。辿ってきた道が同じでこれだけ性格が違うのは面白いが、なんにせよ説明しなくて良いのはありがたい。


「あと嘘か本当か、この状態は明日一杯らしい。明後日には元通りみたいだ」

「あ、そうなんですか。それじゃ二日間、よろしくお願いします」

「おっねがいしまーす」

「……あ、ああ、そりゃもちろん」


 予想外の返しだった。

 戻ることへの反発も考えられただけに、ちょっと拍子抜けである。


「あはは。お兄ちゃん、私達は全員で“雪音”だよ?」

「今がイレギュラーなことくらい、ちゃーんと解ってます」

「お兄ちゃんは優しいから気にしちゃうんだろうけど……大丈夫だから。ね?」

「……そうか。いや、まぁみんなが大丈夫なら良いんだけど――って俺、口に出てた?」

「出してないですよ? でも、そういう顔してました♪」

「どんな顔だ。というか、ナチュラルに心を読むな」

「……まったく。諦めが悪いですね。そんな標準装備の話をしないでください」

「そんなものがあるわけ――え? マジで? 使えるの?」


 希望を込めて見回すと、五人全員が顔をそむけた。

 どうやら本気で読心(俺限定)が使えるらしい。自宅がサトリの里だった件について。


「……まぁいいや」


 いや決して良くはないが、元々雪音に隠し事はほとんど出来なかった。彼女達も同じと考えれば至極当然、何も変わらない。変わらないから問題ないのだ。ないったらない。


「それより飯にしたいな。そろそろいい時間だし」


 元々日曜だから遅かったし、コーディネートやら何やらで昼前になってしまった。


 朝飯も食べていないので絶賛、空腹なわけだが――。


「あ、でもお買い物行かないと」

「うん。さっき覗いてみたら、冷蔵庫ほとんど空でしたよ」

「マジか。あー、でもそうなるか」


 元々、雪音はまとめ買いを好まない。

 良い食材は日によって変わるらしく、あの出来た妹は毎日買い物に行っていた。花の女子高生なのに勤勉な主婦そのままである。


「なら外食――ってわけにもいかないか……」

「? ダメなの?」

「ダメだろ。伊達さん家の雪音ちゃんが五つ子だったとか噂立ったら困るし」

「……妥当な判断ですね」


 知り合いに会う可能性がある以上、全員を連れ回す度胸はなかった。


 となるとスーパーか商店街あたりで買い物をし、自炊という方法になるのだが――。


「ちなみに料理の腕前ってどうなんだ? 全員、雪音レベル?」

「…………」

「何故に目を逸らす」

「お兄ちゃん。残念ですけど、人には得手不得手があるんです」

「いやめっちゃ得手だろ。雪音と料理とか切り離せないレベルだぞ」

「普段はそうだけど……多分、いつもみたいには作れないかなって。感覚で解っちゃうの」

「……そうか。じゃ、俺が作る方がいいのかな?」


 その発言は心配故だった。

 刃物を扱う以上、“感覚が違う”彼女達に作ってもらって何かあれば取り返しがつかない。であれば多少不慣れでも俺がやった方がマシだと思ったのだが――。


「……私が作ります」


 意外なことに、その声をあげたのは五女だった。

 緊張しているのだろうか。明後日の方を向きながら、ポツポツと言い募ってゆく。


「もちろん元の私には及ばないですけど。それでも、お兄ちゃんよりは美味しいものを作れると思いますから」

「……ん。悪いな。頼むよ」

「い、言っておきますけど! 美味しくないとか言ったら怒りながら泣きますからね!」

「言わない言わない」


 勇気を振り絞った申し出を拒否するつもりはないので、照れ隠しもありがたく受け取る。

 これで、あとは食材調達に行くだけだが――。


「あ。お買い物は誰かお願いしますね。私、人ごみに紛れたくないですから」

「……まぁそのくらいは役割分担か。俺も行くけど、誰か一緒に来てくれるか?」


 俺の問いかけに、五女を除いた四人の手が挙がる。

 協力的で何よりだが、彼女達は譲り合うわけでもなく俺の方を見ていた。どうやら誰を連れていくかは選べということらしい。


「解った解った。それじゃ――」

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