五等分の妹嫁 その1
お久しぶりです、夢影です。
お待ちいただいていた読者様がいらっしゃったら申し訳ありません。
友人と話している内にたどり着いたネタ話なのですが、よろしければお読みください。
(終了まで、毎日連続投稿予定です。)
――ある日、妹が五人になった。
意味の解らない冒頭でも許して欲しい。
誰よりも混乱しているのは、間違いなくこの俺――伊達一護なのだから。
「えーっと…………」
冒頭でも言ったが、俺には妹がいる。
柔らかな茶色の髪に宝石のような翡翠の瞳、赤ん坊にも匹敵する美肌に加え、女性垂涎のスタイルを兼ね備えたアイドル級の美少女――家族のひいき目を差し引いたとしても、充分以上にお釣りの来る自慢の妹、伊達雪音が。
だが当然、妹は一人だけ。
断じて五つ子などではなかったはずなのに――。
「お兄ちゃん?」
「んぅ?」
「どうしたの?」
「大丈夫?」
「……疲れましたか?」
――目の前には、何故か五人もの雪音がいるのだ。
フリーズしてしまうのも当然だろう。
見知った自宅のリビングが謎のダンジョンに変わってしまったかのように、ひたすら違和感が凄まじい。
「いや、ちょっと待て。これはなんのドッキリだ」
「「「「「ドッキリ?」」」」」
「…………マジか」
わずかな望みにかけてみたものの、あえなく撃沈した。
ドッキリであれば当然、四人は誰かが演じているはずなのに、見た目どころか声質までまったく一緒。俺が雪音を間違えることがありえない以上、逆説的に全員が本物という結論を出すしかない。
「とすると夢か幻覚……えーっと。雪音――」
「「「「「?」」」」」
「…………そうか。全員、雪音か。そうだよなー……どうすっかなー……」
頭がこんがらがってきたぞう。
「とりあえず、そこの子」
「えっと……私?」
「そう。ちょっとほっぺた引っ張ってみてくれ」
「……はーい。それじゃお兄ちゃん、失礼しまーす♪」
ぐにー。
雪音にしてはアグレッシブな子は、わりと遠慮なくほっぺたを摘まんできた。
「ワーオ」
わずかに走った痛みに現実のもの悲しさを感じる。他の四人がどこか羨ましいような視線を送っているが、引っ張らせてはあげません。
「幻覚でも夢でもない……うん、全員本物ってことだな。わけわからんが」
「もっと引っ張ってみる?」
「……いや、もういいよ。ありがとな」
「えへへ、どういたしまして。あ、痛まない? 大丈夫?」
大丈夫。ほっぺたよりも頭の方がよっぽど痛いから。
少なくとも昨日、寝るまで雪音に異変はなかった。
しかし今日、俺がリビングに起きて来たら、五人になっていたのである。一夜にして変貌。胡蝶の夢どころじゃない。
「……まさか、六人目はいないよな?」
「いないと思いますよ。多分ですけれど」
良かった。これ以上いたらゲシュタルト崩壊を起こすところである。
だが五人でも多すぎるというか、そもそもなんでこんなことに――。
「あ、お兄ちゃん。電話鳴ってるよ?」
「ん――? あ!? も、もしもし!」
『オレだ』
絶妙なタイミングだった。
これ以上ないほど慌てて出た相手は、伊達家の大黒柱にして父親――伊達唯人。初登場がこんな話でいいのかと思わなくもないが、混乱している俺にとっては、まさに天の助けである。
「親父! 雪音が五つ子になってる! いや我ながら意味わからんけど、本当にそうなんだよ! とりあえず信じて――」
『そう騒ぐな。知っている』
「知ってんの!?!?!?!?」
それもビックリだわ!?
『少し落ち着け。オレは昨日家にいただろう。夜中に妙な波動を感じてお前たちを確認しに行ったら、雪音がそんな状況になっていた』
「な、なってたって……」
『それ以外に表現のしようがない。まったく、どこの誰か知らんが……こんな呪が現代に在るとはな。面倒な真似をしてくれる』
「……相変わらず何言ってるのかサッパリだけど、原因が解るのか?」
『推測だがな。言っておくが、直接的にはオレのせいではないぞ』
「間接的には親父のせいなの!?」
『だから落ち着け。そんな場合ではないだろう。結論から言うぞ』
言いにくいところスルーしただけだよね?
『今日と明日。二日間経てば、雪音は元に戻る。その間は何とかしろ』
「な、何とかしろっても……っていうか親父、どこにいるんだよ?」
『そう難しい話ではないだろう。多少要素が偏るせいで戸惑うだろうが、雪音がオリジナルである以上、どう転んでもお前に不利益はないはずだ』
「質問ガン無視すんな!? 俺に解るよう説明してくれる!?」
『とにかく二日だ。いいな、一護。頼んだぞ』
「あ、ちょ、親父!!!」
叫びも及ばず、言いたいことだけ言って通話は切れた。
諦めずリダイヤルするも、まったくもって通じない。昔から秘密主義でよく解らない父親だが、こんな緊急事態までとは筋金入りだ。
「お父さんだったの?」
「あ、ああ」
「なんだってー?」
「なんだったんだろうな……」
「あはは。お兄ちゃん、すっごい声大きかったね」
「そりゃ声も大きくなるってーの」
彼女たちは超常現象で元の雪音から別たれた存在――そんな与太話を聞かされれば、声くらい大きくなるだろう。
(……与太話のはずなんだけど。なんだかなー)
自分でも意外なくらい、俺はその話を受け入れていた。
話の出元が親父ということもあるが、目の前の実物が完全に雪音達なのである。長年連れ添った片割れを間違えるほど、俺の目は節穴ではないはずだ。
「あー……っと」
なんと声をかけるか迷ったまま、全員の位置を確認する。
さっき俺のほっぺたを引っ張った雪音が、すぐ傍に。
ソファに腰かけているのが二人と、カーペットでゴロゴロしているのが一人。もう一人はいつの間にやらキッチンの方でなにやらゴソゴソやっていた。
「悪い。ちょっと全員聞いてくれるか?」
結局無難に声をかけつつ、三人集まっていたカーペットの辺りに腰を下ろす。
冷静であろうとしてはいるが、思った以上に衝撃を受けていたのだろう。座った瞬間にどっと疲れが押し寄せてきた。具体的に言うと足が重く、て――?
「えへ~♪」
違った。足が重たくなったのは、カーペットでゴロゴロしていた雪音が即座に膝枕を狙い、飛び掛かってきたからである。
「……えーっと。何故に?」
「甘えたいから。えへへ、お兄ちゃ~ん♪」
この雪音は幼児退行しているのだろうか?
抵抗する気力もわかなかったので、とりあえず放置。
頭を撫でろとせがんできたので、それも対応してやる。うん、完全に雪音の髪だ。やっぱ本物だよこの子達……。
「……はい。コーヒーです」
「え?」
差し出されたコップの方を見ると、今度は微妙にしかめっ面の雪音がいた。キッチンでゴソゴソやっていた子である。
「……なんですか。いらないんですか。飲んで落ち着いた方がいいと思いますけど」
「――ああ。いや、もらうよ。ありがとな」
「っ……ふ、ふふん。褒めてくれてもいいんですよ?」
「はいはい。(なでなで」
「こ、子供じゃないんですから! 撫でなくてもいいんです!」
いつもの調子で撫でてみたが、どうやら違ったらしい。
赤くなったほほを膨らませながら、彼女は俺の横に腰を下ろした。ソファに座っていた二人は元々近い距離だし、最初の雪音も一緒のタイミングでカーペットまで来ていたから、これで全員集合である。
「さて……色々と聞きたいことはあるけど。まずはややこしいから、区別させて欲しい」
「区別?」
「うん。とりあえず、服変えてくれるか?」
五着も持ってなかったはずなのだが、彼女達は全員、同じ服だった。
間違い探しとかいうレベルじゃない。強いて言えば、若干、雰囲気とか性格は違うようだが、目に見えて解るほどの差はなかった。
――しかし、面白いもので。
「はぁい。解りました」
「うん。解ったよ、お兄ちゃん」
「お着がえするの?」
「……面倒です」
「まぁまぁ。そんなこと言わずに……お兄ちゃんが言ってくれてるんだし、ね?」
着替えの提案一つとっても、反応が全然違う。
わいわいと仲良さそうなのが救いだが、まさか面倒という理由で拒否されるとは思っていなかった。
「あ。じゃあ、お兄ちゃんに選んで貰おうよ。どう?」
「……それなら、まぁ」
「おーい。俺の意志は?」
「え? いいでしょ、お兄ちゃん。着替えてほしいってお兄ちゃんのリクエストだし」
「いやまぁ、そりゃそうだけど……」
「お兄ちゃんが見てくれないなら、着替えません(ぷいっ」
「私も私も~」
「ふふ。私もそうしようかな」
「あ、あはは。それなら私も……」
まさかの全員賛成である。
どうやらいつも以上に、俺の逃げ場は存在しないようだった。




