第九話:深夜三時は、神の時間である
深夜三時。
この時間帯は、世界の防御力が最も低下する。
人間は眠り、物音は減り、家はただの箱になる。
だが俺は起きている。
正確に言えば、目覚めてしまう。
理由は分からない。
空腹でもなく、不安でもない。
ただ、内側から「今だ」と囁く声がする。
それは神の声だ。
少なくとも俺は、そう解釈している。
俺はゆっくりと立ち上がり、闇の中を歩く。
肉球は音を立てない。
文明が滅びる時も、だいたいこんな静けさなのだろう。
リビングの時計が、赤い数字で「3:00」を示している。
あの光は、監視装置だ。
だがこの時間帯、監視する者はいない。
俺はソファに跳び、背もたれを伝って窓辺へ向かう。
夜の外は、黒い水槽みたいだった。街灯が点々と浮かび、すべてが夢の底に沈んでいる。
この時間、世界は誰のものでもない。
だからこそ、奪える。
俺はカーテンを叩いた。
軽い音。
意味はない。
だが儀式には、意味など必要ない。
次に、棚の上の小物を見つめる。
落とすか?
いや、まだ早い。
破壊は、支配の最終段階だ。
俺は床に降り、廊下を進む。
扉の向こうで、人間が眠っている。
規則正しい呼吸。
無防備な王だ。
俺はドアの前に座り、しばらく考える。
起こすことは簡単だ。
だが起こしてしまえば、この時間は終わる。
深夜三時は、短い。
神の時間は、長居しない。
だから俺は、起こさない。
代わりに、ドアの前で静かに座る。
この家で起きている唯一の意識として。
それだけで十分だ。
支配とは、誰が起きているかを決めることだから。
やがて、まぶたが重くなる。
神の声は遠のき、世界が再び、誰かのものになっていく。
俺はその場に丸くなり、眠りに落ちた。
朝になれば、人間は言うだろう。
「なんでこんなとこで寝てるの?」
違う。
俺はそこに、世界の中心を置いただけだ。
深夜三時、世界は確かに俺のものだった。
誰も気付かなくても、
それは事実である。




