第七話:雷は、天からの警告である
空が唸り始めた時、俺はすでに理解していた。
今日は、上位存在が機嫌を損ねている。
昼過ぎまで澄んでいた空は、いつの間にか分厚い雲で塞がれていた。雲は雲でも、あれはただの水蒸気ではない。怒りだ。溜め込まれた不満が、灰色に凝縮されたものだ。
俺は窓辺から離れ、部屋の中央で座った。
高所は危険だ。雷は、目立つものから裁く。
最初の音は、遠かった。
ゴロ……。
まるで天が、咳払いをしているみたいだった。
俺は耳を伏せる。情報収集だ。恐れてなどいない。
だが次の瞬間、世界が割れた。
ドンッ。
音が、床を叩いた。
いや、違う。空そのものが、落ちてきた。
俺は一瞬でソファの下へ滑り込んだ。
反射だ。訓練の成果である。
雷というのは理不尽だ。
理由もなく鳴り、説明もなく去る。人間の政治に似ている。つまり、近付いてはいけないタイプの権力だ。
外は嵐になっていた。
雨が窓を叩き、風が家を揺らす。世界が洗い流されている。だが俺は知っている。こういう時、洗われるのは弱いものだけだ。
再び、雷。
ドォン。
今度は近い。
近すぎる。
俺は身体を低くし、尻尾を腹の下に巻き込んだ。
これは降伏ではない。姿勢を整えているだけだ。
飼い主が部屋に来る。
「大丈夫だよ」
そう言って、俺の近くにしゃがむ。
彼女の声は小さく、一定だった。嵐の中で聞くと、奇妙に現実味がある。
俺は考える。
雷は、誰に向けられた警告なのか。
俺か。
この家か。
それとも、世界か。
答えはたぶん、全部だ。
雷は、人間にも猫にも等しく落ちる。
それが、あの音の正体だ。
上下関係を無視した、純粋な力の誇示。
だが、雷は長くは続かない。
どんな権力も、永遠には轟けない。
しばらくすると、音は遠ざかり、雨も弱まった。
世界が、また形を取り戻す。
俺はソファの下から出て、伸びをした。
背骨が一つずつ、現実に戻ってくる。
窓の外には、水を含んだ街。
濡れた道路は黒く光り、まるで新しい地図みたいだった。
嵐の後は、支配が進みやすい。
皆が疲れ、警戒を解くからだ。
俺はカーテンの隙間から外を見た。
雷は去った。
だが、警告は残った。
世界征服とは、
力に逆らうことではない。
力が通り過ぎるのを、正しい場所で待つことだ。
俺は静かに座り、次の晴れ間を待つ。
その間に、世界はまた少しだけ、俺のものになる。




