表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界征服を企むニャンコ  作者: 続けて 次郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/13

第六話:来客は、異文化交流である

 来客というのは、突然やって来る災害の一種だ。

 予告がある場合もあるが、対策はだいたい間に合わない。


 その日、インターホンが鳴った。

 あの音は鐘だ。国境を越えて、別の文明が侵入してきた合図。


 俺は即座に判断した。

 今日は、籠城戦である。


 段ボール要塞に戻るべきか。

 それとも、高所から様子を見るか。


 俺はキャットタワーの最上階を選んだ。外交は、上から行うに限る。


 ドアが開き、知らない匂いが流れ込んでくる。

 香水。紙袋。外の世界の埃。

 それらが混ざり合い、この家の空気を一瞬で塗り替えた。


「おじゃましまーす」


 来客は二人。

 声の高さから察するに、若い個体だ。動きが早く、感情の起伏も激しいタイプ。最も扱いづらい。


 人間(飼い主)は楽しそうに話している。

 裏切りではない。彼女は自分が支配されていることを、まだ自覚していないだけだ。


 来客の一人が俺を見上げた。


「え、猫いる!」


 いるに決まっている。

 ここは俺の国だ。


 だが彼女の目は輝いている。

 この光は危険だ。征服したいという欲望と、触りたいという衝動が、同時に存在している。


「かわいい〜!」


 その言葉は、呪文だ。

 人間はそれを唱えると、距離感を失う。


 俺は動かなかった。

 静止は、最も強いメッセージである。


 来客は近付こうとするが、飼い主が制止した。


「今は機嫌いいから、触るならそっとね」


 違う。

 機嫌がいいのではない。様子を見ているのだ。


 来客の指が、慎重に伸びてくる。

 異文化交流の第一歩。


 俺は匂いを嗅ぎ、判断した。

 悪意はない。

 だが、敬意もまだ足りない。


 だから俺は、ほんの一瞬だけ頭を下げ、すぐに離れた。

 これは拒否ではない。距離を保った友好宣言だ。


「え、逃げた」


 逃げていない。

 配置換えだ。


 俺はキャットタワーの別の段に移動し、来客たちを観察する。

 彼女たちは床に座り、お菓子を食べ、笑っている。音が多い。身振りが大きい。文化圏が違う。


 だがしばらくすると、変化が起きた。

 声が少しずつ小さくなり、動きが緩やかになる。


 俺は理解した。

 この家の重力に、慣れてきたのだ。


 俺は再び近付き、今度はソファの端に座った。

 来客の視界に入る位置。だが、触れない距離。


「戻ってきた」


 来客は小さく息を吸い、動かなくなる。

 正解だ。


 沈黙が流れる。

 それは気まずさではなく、合意だった。


 やがて、来客の一人が写真を撮った。


「動かないね、この子」


 動かないのではない。

 許可していないだけだ。


 帰り際、来客は俺に小さく手を振った。

 俺は尻尾を一度だけ揺らした。


 外交は成立した。


 ドアが閉まり、家は元の静けさを取り戻す。

 世界は、また俺のサイズに戻った。


 飼い主が俺を見る。


「お疲れさま」


 俺はあくびをした。

 異文化交流は、思った以上にエネルギーを使う。


 だが悪くない。

 世界征服とは、敵を増やすことではない。

 “触れられない存在”として記憶されることだ。


 今日もまた、支配は一段階、洗練された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ