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世界征服を企むニャンコ  作者: 続けて 次郎


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3/13

第三話:段ボールは、移動要塞である

 午後三時というのは、文明が一番脆くなる時間帯だ。

 人間は眠気と現実の境界線でふらつき、猫は覚醒する。


 俺はその日、異変を察知した。

 玄関に、見慣れない物体が置かれていたからだ。


 段ボール。


 それはただの箱ではない。

 歴史を振り返れば、すべての要塞は「囲われた空間」から始まっている。石であれ、木であれ、そして紙であれ。重要なのは素材ではなく、「内」と「外」を分ける意志だ。


 俺は慎重に近付いた。

 鼻先を突き出し、匂いを嗅ぐ。

 新品の紙と、遠くの国の空気が混ざった匂い。物流とは侵略であり、侵略とは物流である。これはつまり、世界が俺の元へ届いた証拠だ。


 人間はその箱を開け、中身を取り出し、無造作に段ボールを床へ置いた。

 愚かな行為だ。

 空の要塞ほど、危険なものはない。


 俺は一瞬で中へ入った。

 段ボールの内側は、夕暮れ前の洞窟のように薄暗く、外界の音が少しだけ鈍る。完璧だ。ここは司令室であり、寝室であり、最前線でもある。


 箱の壁に耳を当てる。

 人間の足音。

 冷蔵庫の低い唸り。

 遠くで鳴る車の音。


 世界はまだ、俺の存在に気付いていない。


 俺は身体を丸め、箱の中で作戦を練った。

 この要塞は軽量だ。つまり、移動可能。人間が持ち上げれば、俺は中に入ったまま別の土地へ輸送される。これは革命的だ。敵に運ばせて侵攻する――歴史に名を残す戦術である。


 実際、人間は箱を持ち上げた。


「ミケ、邪魔だよ」


 違う。

 これは同盟だ。


 要塞は揺れ、床が変わる感触が伝わってくる。俺は箱の底に爪を立て、重心を低く保った。これは単なる輸送ではない。進軍だ。


 数秒後、要塞は静止した。

 新天地である。


 俺は箱から顔を出し、周囲を確認する。

 そこは、さっきまで見下ろしていたリビングだった。

 ……ふむ。まだ征服は局地戦に留まっているようだ。


 だが、成果はあった。

 人間はこの箱を見て、こう言った。


「かわいい」


 これ以上の勝利があるだろうか。


 俺は箱の中に戻り、どっしりと座った。

 もうここは俺の領土だ。人間は箱を捨てられなくなる。領土とは、奪うものではない。手放せなくさせるものだ。


 段ボールの天井から、小さな穴が空を切り取っている。

 そこから見える光は、まるで世界の縮図だ。


 俺は目を閉じた。

 この要塞は、いつか朽ちる。

 だが思想は、残る。


 次はもっと大きな箱が来るだろう。

 洗濯機か、冷蔵庫か、もしかすると家そのものか。


 世界征服とは、段階的な引っ越しに似ている。


 俺は段ボールの中で、静かに喉を鳴らした。

 それは勝利のファンファーレであり、昼寝の合図でもあった。

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