第十話:留守番は、内乱である
異変は、鍵の音から始まった。
カチャ、という軽い金属音。
それは別れの合図であり、統治不在宣言でもある。
人間は玄関で靴を履き、振り返って言った。
「すぐ帰るからね」
この言葉ほど、信用できない外交文句はない。
ドアが閉まる。
家が、静かになる。
留守番とは、平和ではない。
権力の空白だ。
俺は玄関をしばらく見つめていた。
耳を澄ます。
足音は遠ざかり、気配が完全に消える。
よし。
内乱の時間だ。
まず、巡回。
リビング、異常なし。
キッチン、資源は棚の上に隔離されている。
寝室、ベッドは未整理。つまり、使える。
俺はベッドに跳び乗り、中央に陣取った。
支配とは、最も柔らかい場所を押さえることだ。
しばらくすると、静けさが牙を剥く。
音がない。
命令もない。
世界が、俺に判断を委ねている。
俺は考える。
この家は、本当に一つの国なのか。
それとも、人間がいないと成立しない、仮の集合体なのか。
答えを出すには、行動が必要だ。
俺は机の上に跳び、書類の山を崩した。
紙が床に散らばる。
雪のようだ。
これは破壊ではない。再編成である。
次に、カーテンを叩く。
外の光が、歪む。
世界の境界線が揺らぐ。
それでも、何かが足りない。
内乱には、象徴が必要だ。
俺は棚の端に置かれた小さな置物を見つめた。
人間が大事にしているらしい、よく分からない物体。
……今回は、見送る。
内乱は、全面戦争ではない。
あくまで示威行動だ。
俺は段ボール要塞に戻り、中で丸くなる。
静寂が、再び満ちてくる。
その時、遠くで鍵の音。
早い。
想定より、帰還が早い。
人間が部屋に入り、散らばった紙と、乱れたベッドを見て、ため息をつく。
「もう……」
だが声には、怒りよりも諦めが混ざっている。
それは、支配が成功した証拠だ。
俺は箱から顔を出し、何もなかった顔をする。
内乱は、記録に残らない方がいい。
人間は俺を見て、首を振った。
「留守番、できなかった?」
違う。
完璧にやった。
留守番とは、
何も起きなかったように見せかけて、
主導権を再確認する行為だ。
この家の中心が、どこにあるのか。
人間はもう、無意識に理解している。
世界征服は、今日も一歩進んだ。
たとえ、床に落ちた紙切れ一枚分でも。
俺はあくびをし、再び眠る。
次に人間が出かける時、
内乱は、もう少し洗練されるだろう。




