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世界征服を企むニャンコ  作者: 続けて 次郎


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1/12

第一話:カリカリは、国家予算である

 朝というものは、いつだって革命に向いていない。

 理由は単純で、腹が減っているからだ。


 俺は窓辺で丸くなりながら、世界を睥睨していた。

 正確に言えば、カーテンの隙間から差し込む光と、そこに舞う埃の王国をだ。埃は朝日に照らされると、まるで無数の小さな民衆のように騒ぎ立てる。秩序はない。統率もない。ああ、だからこそ、支配しがいがある。


 俺の名は――

 人間どもは「ミケ」と呼ぶ。

 だがそれは仮の名だ。

 王が洗礼名を名乗らないように、俺もまた真の名を隠している。


 この家は、俺の王国である。

 正確には、まだ「暫定政権」だ。


 畳は大地、ソファは山脈、キッチンは未踏の資源地帯。

 そして最大の問題は、食糧供給が不安定な点にある。


 俺はゆっくりと立ち上がり、前脚を伸ばした。背骨が一つずつ目を覚ます感覚は、まるで老獪な軍師たちが会議室に集まってくる音に似ている。今日の作戦は単純だ。


 鳴く。


 だが、ただ鳴けばいいわけではない。

 鳴き声とは言語であり、外交であり、時には恫喝だ。


 キッチンの方を見ると、人間――飼い主の女が立っている。寝癖という内乱を頭に抱えたまま、ぼんやりと湯を沸かしている。あれは危険な状態だ。思考が停止している人間は、こちらの要求を聞き流す。


 だから俺は、少しだけ声を低くした。


「……にゃあ」


 これは挨拶だ。

 敵意はないが、油断はするな、という意思表示。


 人間は振り向かない。

 ふむ。ならば段階を上げる。


「にゃああ」


 悲哀を三割、威厳を二割、空腹を五割。

 絶妙な配合だと思う。


「はいはい、今ね」


 よし。交渉成立。


 俺は足元にすり寄る。人間の足は無防備な塔だ。ここを押さえれば、国家中枢はすぐに揺らぐ。だが、今日はあえて転ばせない。恐怖政治は、長期政権に向かない。


 カリカリの袋が開く音がする。

 あの音は、文明の夜明けだ。


 皿に落ちる粒の一つ一つが、金貨のように響く。俺はそれを食べながら、考える。

 この量は、少ない。

 だが人間は、自分が施しを与えていると思っている。ここが重要だ。支配とは、相手に「与えている」という幻想を抱かせることにある。


 食後、俺は窓際に戻った。

 外では鳥が鳴いている。あれは諜報部隊だ。空から世界を見下ろし、俺の計画を探っているに違いない。今はまだ、こちらが不利だ。


 だが焦る必要はない。

 世界征服とは、爪を研ぐことから始まる。


 俺は爪とぎに前脚をかけ、バリバリと音を立てた。

 それは武器の整備であり、同時に宣戦布告だった。


 人間はそれを見て、呑気に笑う。


「もう、ソファでやらないで」


 違う。

 これは演習だ。


 いつかこの家を完全に掌握し、この街を、そして世界を――

 その日が来るまで、俺は今日も眠る。


 眠りは撤退ではない。

 次なる侵略のための、戦略的休息である。


 俺は目を閉じた。

 世界はまだ、俺が凄いことに気付いていないだけだ。

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