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こちら京都府警騎馬隊本部~私達が乗るのはお馬さんです  作者: 鏡野ゆう
第一部 人も馬も新入隊員

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19/40

第十九話 ナデナデ残業終了、そして味噌ラーメン!

「あーもう、明日はお馬さん用の塗り薬が必要かもですよ」

「それは大変だ」


 馬たちの晩御飯が終わり、何故かすべての馬をナデナデして回ることになった私は、肩を回しながらぼやいた。いや、これは真面目に必要になるかも。


「あの塗り薬はすごい臭いなんだけど、俺たちは慣れてるし、気にならないから心配ないよ」

「どこが心配ないのかサッパリですよ……」


 最後に丹波(たんば)の鼻面をもう一度なでる。


「今日はもうこれでおしまい! 明日も朝から訓練なんだよ、丹波君? わかってる?」


 もっとナデナデしろと催促する丹波に指を向けた。それで丹波はワガママはもう無理と理解したのか、少しだけ不機嫌そうにいななくと、私にゴツンと頭突きをする。


「じゃあまた明日。おやすみ、丹波君」


 そう言って厩舎(きゅうしゃ)を出た。


「今日はお疲れさまでした」

「いやいや、なかなか面白い経験をさせてもらったよ」


 それなりにベテランの先輩にとって、この手のアクシデントは「面白い」部類らしい。それを聞いて少しだけ安心した。


「ただ、毎回そうだと困りものですよね」

「ま、そのうち丹波も慣れるだろうけどね」

「だと良いんですけどねえ」


 当分の間すべての馬たちに対して、ナデナデフルコースをしなければならないかもしれない。やはり井上(いのうえ)さんには、塗り薬の常備をお願いしておかなければ。


「お、帰るのか?」


 バケツを片づけに戻ってきた土屋(つちや)さんに声をかけられた。


「お疲れさまです。当直、よろしくお願いします」

「任されたから心配するな。たまには丹波のごきげん取りをかねて、猫たちにも会いに来てやってくれ」

「すっかり情が移ってますね、野良ネコたちに」

「猫っていうのは魔性の女みたいだな。オスもいるが」


 土屋さんが笑いながら、私達と一緒に歩きだす。ゲートの施錠(せじょう)をするためだ。


「土屋さん、魔性の女に会ったことがあるんですか?」


 少し興味をひかれて質問をする。


「残念なことにないな。魔性の馬には会ったことはあるが」

「魔性の馬……」

「甘えん坊の丹波なんて可愛いもんだぞ」

「そうなんですか」


 魔性の馬、一体どんな馬だったのだろう。今度、時間がある時に、あらためて話を聞かせてもらおう。


「じゃあ、お疲れさん。明日と明後日は俺は休みだ。なにかあったら、別の厩務員(きゅうむいん)に言ってくれ」

「了解しました。じゃあ、お疲れさまです」

「お疲れさまでーす」


 ゲートが閉められ、施錠(せじょう)する音が聞こえた。


「先輩も、今日は本当にすみませんでした」

「いやいや。俺もチーム丹波の一員だから問題ないよ」


 そう言って笑ってから、首をかしげる。


「ただ、俺が研修で不在になったとしても、丹波はあそこまでヘソをまげないのがわかってるから、なんとも微妙な気持ちにはなるけどね」

「そんなことないでしょ。丹波だって私というより、私の馬の手が大事なんだと思いますし? だから先輩も馬の手スキルを習得したら、きっと同じような待遇になるんじゃないかな」


 これはわりと本気で考えていることだ。騎馬隊員の皆さん、がんばって馬の手スキルを習得しませんか?


「そのスキル習得が不可能そうだから、厄介なんだけどねえ。それに馬越(まごし)さんが丹波に好かれているのは、馬の手のせいだけじゃないと思うな。どちらかと言えば、馬越さんも隊長と同じニンジン体質なんじゃないかな」

「馬の手スキルとニンジン体質ですか。それ、お馬さんの世界ではちょっとしたアイドルですね」

「もう神かも」


 アハハと笑った。駐輪場に向かい自分が乗ってきた単車の元へと向かう。少し離れた場所に、先輩が使っている単車もとめてあった。


「馬越さん、夕飯(ゆうめし)は?」

「帰宅したら何かあると思います。いくら私が、馬の名前で食べ物しか浮かばなかったからと言って、四六時中お腹をすかせているわけじゃないんですよ?」


 そう返事をしたとたん、お腹が盛大に鳴った。離れた場所にいた先輩にも聞こえたようだ。


「メロンパンとコーヒー牛乳をごちそうになったお礼に、夕飯(ゆうめし)をおごろうと思うんだけど、どう? お互いにバイクだから、当然のことながら飲酒はなしです」


 飲酒運転は論外だけど、元白バイ隊員らしい言い草に笑ってしまった。


「先輩のおごりですか? 丹波のお世話もさせてしまったし、それに加えておごってもらうなんて、申し訳ない気がしますけど」

「でも、もうその気だよね? なにかリクエストはある? たいていの店は網羅(もうら)していると思うけど」


 先輩はなんでもお見通しらしい。せっかくおごってくれると言うのだ。ここはありがたく、ごちそうになっておこう。


「だったら天一(てんいち)のラーメンが食べたいです!」


 先輩は私のリクエストに目を丸くした。


「え、それで良いのか? そりゃ、ここの近くにもあるけど」

「はい! あそこ、女子一人だとなかなか入りにくいんですよ。今日は先輩も一緒だし、気兼ねなく行けるじゃないですか。あそこの味噌ラーメンが食べてみたくて。まだ一度も食べれてないんです」


 念願の味噌ラーメンを食べるチャンスなのだ。ここでチャンスを逃してなるものか。


「なるほどね。機会をうかがっていたということは、場所はわかってるんだよな?」

「もちろん!」

「だったらはぐれても心配ないな。じゃあそこで決まり」

「やった! 味噌ラーメン!!」


 私のガッツポーズに先輩の背中が笑っている。


「最初にリクエストを聞いてきたのは先輩なんですからね!」

「あー、はいはい、わかってますよー。しかし、後輩に初めておごったのが天一のラーメンだなんて、水野(みずの)さんに知れたら笑われそうだな」

「だから、私の希望が天一の味噌ラーメンなんだから、そこは無問題です!」

「そうだねー」


 笑いを含んだ声の返事が返ってきた。


「そんなに天一のリクエストって変かなあ……」


 ヘルメットをかぶるとエンジンをかける。そこでふと思いいたる。


「あ、先輩! 私の走行で元白バイ隊員みたいなチェック、入れないでくださいね?」


 ヘルメットをかぶった先輩に声をかけた。


「普通に交通ルールを守っていたら、俺がチェックしても問題ないだろ?」

「そういう問題じゃないんですよ。緊張するからやめてください」

「だったら、俺の後ろにピッタリついてこれば良いんじゃないかな? さすがに俺も、後ろには目をつけてないから」

「後ろにも目がついてるから、白バイ隊員は油断がならないんだけどなあ……」


 ブツブツと文句を言いながら、先輩の後ろについていくことにする。ああまで言ったのだ。きっと後ろを走っている限り、白バイ隊員としてのチェックはしないと言うことなのだろう……多分。


 先輩の単車についていくこと5分ちょっと。目的地のお店に到着。店裏の駐車場にバイクをとめてお店に入る。かなり遅い時間だというのに、けっこうなお客さんがいる。カウンター席が空いていたので、そこに並んで座った。


「先輩は何にしますか?」

「俺はさっき、メロンパンを食ったからなあ……」

「でも、いくらなんでもあれだけじゃ足りないですよね?」


 ラーメンだけ注文するのも寂しいので、唐揚げも注文して二人で半分ずつ食べることにする。


「一人で入るの、そんなに敷居が高いかなあ」

「そりゃ私だって、ファミレスとかカフェとかは一人でも入りますよ? だけどここはちょっと敷居が高いです。まあ個人的な印象なんでしょうけど」

「そういうものなのかな」


 何気なく店内を見回しても、一人で食べているお客さんはたいてい男性だ。女性客はお友達や家族連れが多い印象。やはりお一人様は少し敷居が高い気がする。店員さんがラーメンと唐揚げを持ってきてくれた。


「あ、食べる前に先輩のラーメンと並べた写真、撮らせてもらえませんか?」

「かまわないよ」


 先輩はラーメンの間に唐揚げも入れてくれる。


「馬越さんも、そのへんは今どきの女の子なんだね」

「別にインスタとかしてるわけじゃないんです。うちには弟が一人いるんですけどね。先週なまいきにも、かに道楽でカニを食べてる写真を送ってきたので、食べたがっていた天一ラーメンで仕返しするんです」


 私がそう言うと先輩が笑い出した。


「一体なにを張り合ってるのさ」

「まあ色々とですよ。あ、食い意地がはってる姉と弟って思いました?」

「そこまでは思ってないけど。でもカニとラーメン、どう考えても弟君のカニに、軍配があがりそうだけど?」

「そこがまた採点方法のややこしいところなんですよ。あ、撮ったのでどうぞ食べてください。私は先に写真を送っちゃいますね」


 それぞれの前にラーメンを移動させ、私はそのまま写真を弟に送る。その後のやり取りはまた後で。まずは念願の味噌ラーメンだ。


「なんていうか、姉としての尊厳とかそういうのですよ」

「まあそれはそれとして、麺がのびちゃう前に食べたらどうかな」

「そうですね! じゃ、いただきます!」


 両手を合わせてそう言うと、お箸とレンゲを手に持った。

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