7.毎年の恒例行事3
「なに?」
「っ!」
「馬鹿!」
常とは違う、鋭い声を上げて素早くキールがミハエラを後ろへ下がらせるのを視界の隅で認識し、ベティは剣を一閃する。
見たことはないものだが、ソレが魔獣の類だと一瞬で判断したので躊躇はない。
相手は小さく素早い。
しかしベティは狙い定め、一刀のもとに斬り伏せた。
そして後続がないことを素早く確認し、剣をおさめる。
この間、数秒のことだった。
ふぅ、と小さく息を吐き、一刀両断したモノを確認する。
一角が生えたリスのような魔獣だった。見たことがない種類だ。
小さいながらも、鋭い牙と爪を持っているし、かなり動きも早かった。
きっとあのまま無防備なミハエラが遭遇していたら、角か爪で傷つけられていただろう。
「これは、合成魔獣かな……」
「合成魔獣、ですか?」
「うん。恐らく、この部屋の者が造ったのだろうね」
いつの間にか近くに来ていたキールが、困ったものだ、と深くため息を吐く。
合成魔獣は、複数の魔獣を掛け合わせて造られる存在だ。
有用な魔獣を生み出すという真面目な目的で研究を行っている場合と、空想上の生物の再現というただのロマンのために研究している場合がある。
今回の魔獣は隠し部屋に隠されていたことからも、多分後者の理由だろう。きっと、研究についての申請とかもしていない。
今はどこかに逃げているらしいこの部屋の主人は、この後キツイ取り調べを受けることになるはずだ。
「研究塔の者たちは自分たちで捕ってきたり、召喚したり、果てはこうやって問題生物を造り出したりするから、性質が悪いんだ……」
疲れ切ったキールの呟きが、とても印象的だった。
ちなみにキールに引き倒されたミハエラは、床に転がったまま静かにしていた。
§ § § § §
そうしてしばらく続いた研究塔での監査は色々な波乱はありつつも、無事に終了した。
ミハエラが見つけた隠し部屋の主や食人花の種の持ち主などの取り調べや、入手経路不明な品物の調査など後処理も多数あるようだが、それはキールたちの仕事ではないらしい。
執務室に戻った3人は、いつものように紅茶を片手に休憩を取っていた。
今日は流石のミハエラも、少し大人しい。
「ヴェリテ。隠し部屋を見つけたのはお手柄だけど、独断専行は駄目だといつも言っているだろう?」
「はぁい、ごめんなさ~い」
「お前はいつも、返事だけは良いんだから……」
小さくため息を吐いたキールは、諦めた様子で苦笑を零す。
多分、ミハエラは言ったところで行動を変える人間じゃない。
キールもそれは分かっているから、しつこくは言わないのだろう。
そこまで察したベティが生温かい視線を送っていると、ミハエラが不貞腐れた様子で口を開く。
「ていうかキール様、強引に襟を引くから首が締まったんだけど」
「助けたのに文句を言うんじゃない。あのまま立っていたら、間違いなくお前に穴が開いていたよ」
「そうだけどさぁ」
ぶちぶちと文句をいうミハエラも、キールが助けてくれなければ大怪我をしていたことは分かっているのだろう。
ありがとうございます、とごにょごにょ小さな声で告げていた。
なんとも素直でない男だ。
より一層生温かくなる視線を自覚しつつ、ベティはキールへ話を向ける。
「キール様はドレス姿であそこまで動けるとは、とても驚きました」
「ふふ、ある程度自分で身を守れるように鍛えてはいるんだ」
「ある程度など。私の護衛など不要ではないかと思いました」
「そんなことはないよ。私ではあの素早い魔獣を一刀で倒せたりはしないからね。ベティ、助かったよ」
柔らかな微笑みと共に告げられる言葉は本当だろうか。
動きにくいドレス姿で、あれほど素早く動けたのだ。初対面の時から分かっていたが、しっかりと鍛えられた肉体は偽物ではない。
恐らく剣の腕も、一級品以上だろう。
やっぱりベティがキールの護衛として居る存在意義は見いだせない。
それでも。
今日の研究塔の監査で、ベティも少しは役に立てた。
その事実はここしばらくの無能感を和らげてくれる。
無意識のうちに、ベティの口元は笑みに綻んでいた。
その笑みをキールがじっと見つめていたことには気付かないまま、穏やかなお茶の時間は過ぎていった。




