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熊令嬢は婚活中  作者: 金原 紅
本編
6/25

6.毎年の恒例行事2

 監査の他のメンバーからはかなり遅れてだが、ようやくベティ達も研究塔へと踏み込む。


 塔は入り口入って直ぐの場所はホールになっており、ホールの上は吹き抜けになっていた。その吹き抜けを取り巻くようにらせん状に階段が設けられ、吹き抜けとは反対側の壁には間隔をあけながら扉が並んでいる。

 恐らくあの扉の先には研究室になっているのだろう。

 研究塔の外観と比べてホールと吹き抜けは大分狭いため、各研究室はかなりの広さがありそうだ。


 初めて入った研究塔にびっくりして見上げているうちに、ミハエラはするりと姿が消えていた。

 多分独自に監査へ向かったのだろうが、自由なことだ。


「低層は共同の研究室、上層は個人の研究室になっているんだ。多分、ヴェリテは上層に行ったんだろうね。個人研究室を持っている者たちの方がやらかしが多いしね」

「やらかし……」

「うん。でも、私たちはのんびり低層から見ていこうか。恐らく他の者たちが確認済みとは思うけれど、見落としがあるといけないから」

「承知しました」


 くすり、と仄かに笑みを零してキールはゆったりと進んでいく。

 チャコールグレーのドレスで優雅に進んでいく様は、お姫様が散歩をしているようにも見える。


 しかし周囲では、監査で訪れた騎士の足にすがりついて泣いている魔術師や、何かが入った大きな瓶を抱えて逃げ回っている魔術師、宙を舞う小さな生き物を網で捕まえようと必死な監査局員など、なかなかの阿鼻叫喚ぶりだ。

 真ん中が吹き抜けなおかげで、怒号やら悲鳴やらがかなり聞こえて来る。


「毎年、このような感じなのですか?」

「ふふ、初めてだとびっくりするよね。今のところ、まだ平和なくらいかな?」

「これで平和ですか……」


 正直、ドン引きだ。


 柔らかな笑みのまま最初の研究室に入っていくキールに、恐々とついて行く。


 その研究室は粗方確認が終わった後なのか、監査局員などはほとんどおらず、ぐったりと力尽きた魔術師が所々に転がっていた。恐らく、なにか監査に引っ掛かったものを持っていたのだろう。

 キールは床に転がる魔術師を跨いで悠然と進みながら、鋭い眼差しで室内をチェックしていく。


「ん? これは禁書じゃないかな。確認して」

「はい、すぐに」

「ああああ! それは、やめてぇっ!!」

「この実験器具は、ここの予算では買えないはずだね。資金の出所を調査するように」

「承知しました」

「それは、僕のポケットマネーで買ったんですぅ! 不正とかないです!!!!」

「うん、それが本当ならチェック終わったらすぐ返ってくるから大人しくしてね。あと、購入するときにちゃんと申請出していたらこんなことも避けられるから、手続きはしっかり行うように」


 手早く部屋に残る監査局員に指示を出しつつ、縋りついてくる魔術師も軽くあしらっていく。

 第二王子キール相手でも縋りつけるここの魔術師は強い。


 次々とチェックを済ませて進んでいくキールに付き従っているが、今のところベティの出番はない。

 このような場でも役に立てることはないのか、と凹み気味だったが、ふと机の上に無造作に置かれていた小瓶が目に入る。


 中には、小さな黒い縦長な粒が10粒程入っている。恐らく、何かの種だ。

 何が気になったのか、と目を凝らしてその種を観察すると、表面に一筋、極細だが毒々しい赤い線が入っているのが見えた。


「っ、キール様」

「どうかしたかい、ベティ」

「この種、恐らく植人花のものかと思います」

「っ、植人花だって。誰か、鑑定魔術を使える者は居るか!?」


 キールの声に、慌てて近くの部屋から魔術師が呼び寄せられる。見た目だけでは完全には判断が難しいから、鑑定魔術で確認するのだ。


 植人花は、人間を苗床にして育つ植物で、種に素手で触れたら一瞬で根を張り、その人間を食い殺す危険な植物だ。

 花から採れる蜜は貴重な触媒になるが、種を所持することは禁止されているものだった。

 そんな植物の種があるなど、大問題だ。


「一応瓶ごと封印魔術が掛けられていたけれど、あんなものまで置いているなんて……。ベティ、良く見つけたね」

「お役に立てたのであれば、光栄です。辺境伯領でも時々被害が出るので、目に入ったのでしょう」

「そう。もし気になるものがあれば、どんどん教えて」

「はい、承知いたしました」


 にっこり微笑んで頼んでくれるキールに胸を張って応える。


 しかし、そう何度も活躍の場は訪れることはなく。

 通路を駆けまわる不思議生物を捕まえたり、不審な挙動をする魔術師を取り押さえたりといったお手伝い程度の出番しかなかった。


 そんなうちに辿り着いた上層の研究室。

 その一室で、壁にへばり付いているミハエラを発見する。


「ヴェリテ、どうしたんだい?」

「ん~、キール様か。どうも、ココに何かありそうなんだよね」

「何か……」


 小さく呪文を唱えて何か魔術を使ったり、コツコツと壁を叩いたりしながら応えるミハエラは、周囲からの視線などはお構いなしだ。

 床に這いつくばったり、壁にびったり張り付いたりとかなりの不審者っぷりだ。


 正直あまり近寄りたくないが、キールがずんずん進んでいくのでついて行くしかない。


「ヴェリテ、程々に。この部屋の持ち主を呼ぼうか」

「んん~~、もうちょっと。…………おっ、開けられそう」


 少し呆れた様子で声を掛けるキールにも取り合わずに壁と格闘していたミハエラが、嬉しそうな声を上げる。

 壁の模様に見えた部分が、スイッチになっていたようだ。


 喜々とした様子でミハエラがスイッチに手を掛けた瞬間。




ゾワリ、とベティは嫌な予感に背を震わせる。




「ヴェリテ殿、待っ!」


 しかしその制止は一歩遅かったようだ。

 ガコン、と鈍い音とともに、隠し扉が開かれる。


「なに?」

「っ!」

「馬鹿!」


 隠し扉を起動させた後、無防備に振り返ろうとするミハエラの先。




 口を開いた暗闇の中から、何かが飛び出そうとしていた。




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