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熊令嬢は婚活中  作者: 金原 紅
本編
4/25

4.悲しい事実

「今日は執務棟の方で一刻程会議があるのだけれど」

「はい」


 その日、キールが執務室に着くなりそう口にした。


 執務棟は王宮内の政治の中枢であり、そこで監査局局長のキールも参加する会議となると、多分かなり大規模かつ重要な会議なのだろう。

 監査局内の会議であれば、この監査棟で行われるし、他の場所が監査局を呼ぶ会議も早々ないはずだ。


 とはいえ今日もキールは、グレーがかった藤色という落ち着いた色彩ではあるが、変わらずドレス姿だ。髪の毛もきっちり縦巻きロールに整えられている。

 美しく紅で彩られた形の良い唇から、言葉を紡がれる。


「ベティは、執務棟での護衛は不要だよ」

「それは……。私では力不足、ということでしょうか」

「ああ、そうではない。すまない、言葉が足りなかったね」


 ぎゅ、と眉間に皺を寄せたベティに慌てた様子でキールが首を横に振る。

 ベティの表情を見たミハエラがニヤニヤ愉しそうな顔をしていたが、そっちに構う余裕はなかった。


「ベティ、君はこの前、実戦が出来ないと言っていただろう? 魔獣退治みたいなことは流石に無理だけれど、せめて他の騎士たちとの訓練くらいには参加できないかと思ってね。会議の間、演習場での訓練に参加しておいで」

「しかし、護衛は……?」

「執務棟での会議中は他の近衛騎士たちが沢山居るから、ベティが私から離れても問題ないよ。それに、騎士団の方にも、既に話は通してあるから」


 お茶の時間の雑談で少し話しただけなのに、ちゃんと考えてくれていたとは。

 しかも、さらりと根回しまでしてくれていて、流石仕事が出来る人だ。ベティだったらそこまで考えが回らない。


 驚きで青色の瞳を見開いたベティは、そのまま騎士の礼を取る。


「ありがとうございます」

「うん。気兼ねなく、行っておいで」


 麗しい笑みを浮かべるキールに、ベティは再度礼を返すのだった。




 そして会議が始まる前にキールを執務棟へ送り届けたベティは、王宮内にある王都騎士団の演習場へと初めて足を踏み入れた。


 そこは、時に王族や貴族たちを招いた武闘大会も開かれるため、コロッセオのように外周には観客席も設けられている立派な施設だ。

 広大な円形の砂地では、幾多の騎士たちが模擬剣などを使って手合わせが行っている。

 王都騎士団の各部隊の区別はなく、この時間に居合わせた者が、それぞれに訓練を行っているようだ。

 時に激しい声が上がり、剣と剣がぶつかり合う音がそこここで上がっていた。


 しかし、ベティが演習場に現れた途端。


 まるで凪いだ水面に水滴を落としたかのように、入り口に近い場所からざわめきが広まり、それに反比例するように訓練する動きが止まってしまった。


「……近衛騎士サマが何か御用ですか?」

「ここは王都騎士団の演習場と聞いているが、近衛所属では使用できないのか?」

「そんなことはないが、利用する人は居ないですよ?」


 比較的近くに居た、ネイビーを基調とした騎士服を身に着けた騎士の言葉に、演習場内を見渡す。

 確かに、ベティと同じ白を基調とした騎士服は他には見つからない。一番多いのは、先程声を掛けてきた騎士と同じネイビー。次にダークグレーで、極少数、漆黒の騎士服を纏った騎士が居る。


 王都騎士団は部隊によって騎士服が違う。

 ベティが所属する近衛部隊は白、第一部隊がネイビー、第二部隊がダークグレー、第三部隊が漆黒を基調とした騎士服なのだ。


 そしてネイビーを纏う第一部隊は王宮警備が任務だった。

 通常、王族の警護が任務の近衛部隊には第一部隊で経験を積み、実力を認められた者が入れるものなのだ。第一部隊の騎士たちは皆、最精鋭部隊である近衛部隊に入るため、日夜鍛錬に励んでいる。


 そこに、辺境から出て来て急に近衛部隊所属となったベティが現れたのだ。

 ここに居る騎士たちの態度が好意的でないのも仕方ないだろう。


 折角キールが手筈を整えてくれたが、人の気持ちまではどうにもならない。

 一人で鍛錬を行うしかないか、と踵を返そうとした時だった。


「ベティ・ジュッツベルク殿! 是非、お手合わせを願いたい!」

「…………貴方は?」

「ああ、失礼。俺はヴィド・マルクルス。第二部隊所属だ。噂に名高いジュッツベルク殿と是非、手合わせをさせて頂きたい!」


 のっしのっしと近付いてくるのは、かなり大柄な体躯をダークグレーの騎士服に身を包んだ男だった。

 明るい緑色の瞳には人懐っこい笑みを浮かべ、ベティへと手を差し出す。


「噂に名高い?」

「ああ、そうとも! 闘神とも名高いゼルバ・ジュッツベルク将軍のご息女で、のジュッツベルク辺境伯領騎士団に幼少より身を置いていたと」


 にっかと笑うその表情には他意はなく、純粋に手合わせを望んでいるようだ。

 王都の治安維持が任務で王都の人とも接点の多い第二部隊に相応しい、気持ちのいい性格の男だ。


 ベティも差し出された手を握る。


「貴殿の期待に応えられるかは分からないが、よろしく頼む」

「ははは、謙遜など不要! 立ち居振る舞いだけで、十分に実力者だと分かるさ」


 そして渡された模擬剣を手に、演習場の中央近くに進む。

 一部騎士達は自身の訓練に戻っていたが、かなり多くの騎士達が野次馬のために周囲を取り囲んでいた。


 ヴィドと少し距離を取って相対する。


 模擬剣はベティの愛剣より大きくて重い。

 しかしそれは大した問題ではない。実戦なら、愛剣がないから、なんて言っていられないのだ。

 ジュッツベルク辺境伯領騎士団では、どんな武器でも、それどころか無手むてでも戦えるように叩きこまれている。


「それでは、はじめ!」

「はぁぁぁっ!」

「っ、」


 いつの間にか周囲を取り囲む騎士の中から審判役が決まり、始まりの合図が出された。

 そしてすぐさま距離を詰めたヴィドが、上段から剣を打ち込む。

 大きな体躯に見合った、重い一撃だ。


 一度、二度、三度。


 ベティに反撃する隙など与えない、とばかりに次々に斬りかかって来る。


「はぁっ、やぁ、たぁぁっ!」


 高らかに声を上げて打ち込んでくるヴィドの剣を、淡々と捌き続ける。


 防戦一方に見えるベティに、周囲の騎士達からは嘲りのような声が上がっていた。

 ジュッツベルク、といってもやはり所詮は女だ。

 近衛に入ったのも、何か伝手によるものだろう。

 そんなことを、隠す様子もなく語り合っていたのだ。


 しかし、ベティにはそんな雑音は関係なかった。

 ただ、目の前のヴィドだけを見据える。


 ある程度彼の斬撃を受け続けたベティは、す、と軽く息を吸う。

 そして、再び大上段から振り下ろされたヴィドの剣を受ける時、あえて一歩踏み込む。


「むっ!」

「っ、はっ!」


 鋭く声を上げて鍔近くで受けたヴィドの剣を跳ね上げ、素早く彼の懐へ潜り込む。

 そしてヴィドが剣を引き戻すよりも早く、首筋へと剣を突き付けたのだった。


「……参った」

「ありがとうございます」


 からり、と笑って降参を告げるヴィドから剣を引く。

 かなり激しい攻防だったはずだが、ベティは軽く息を乱す程度で平然としていた。


「いやはや、流石はジュッツベルク殿だ。全く歯が立たなかった!」

「マルクルス殿の斬撃は重いが、ジュッツベルク辺境伯領騎士団の者たちに比べればまだまだだ。おかげで、反撃する余裕もあった」

「なんと! まだまだ鍛錬が足らないか」


 薄茶の短髪をわしゃわしゃと掻くヴィドは、驚いた様子でベティを見下ろした。

 大きな体躯に見合った太い腕を持ったヴィドは、しっかり鍛錬を行っているのだろう。自身の腕とベティの腕を見比べるように、視線が行ったり来たりしている。


 二人の手合わせを見ていた騎士たちは既に散っており、気兼ねなく話をすることが出来る。

 演習場の隅へと移動しながらヴィドの言葉に返す。


「マルクルス殿自身の鍛錬は、十分ではあると思う。ただ、肉を断つ程の鋭さが、まだ足りないと見受けられる」

「鋭さか……。やはり、実戦に身を置く方々は違うのだな」

「魔獣は速く、硬いからな」


 ベティの言葉にふむふむ、と頷いていたヴィドがパシリ、と手を打つ。

 何かと挙動が賑やかな男だ。


「そうだ。ジュッツベルク殿、俺のことはヴィドで良い」

「そうか。ならば私もベティで構わない」

「ははは、それはなんだか畏れ多いな」

「畏れ多いなど。ヴィド殿は、マルクルス子爵家の方だろう?」

「お、ベティ殿は良く知っているな。とはいえ三男坊だ。騎士として身を立てられなければ、平民と同じだ」


 そう言ってにっかと笑うヴィドは、サッパリとした付き合いやすそうな性格のようだ。

 きっと、王都の人々からの評判も良いだろう。


 キールたち以外でやっと出会った、まともに話が出来る人だ。

 貴重な存在が、貴族だということはとても都合がよかった。




 しかし。




「ああ、今日はとても良い日だな!」

「そうか……?」

「そうだとも! 幼い時よりゼルバ将軍の手ほどきを受けてきたというベティ殿と手合わせ出来たのだから!」

「ん……?」

「俺は第二所属だが、本当は第三に行きたかったんだ。そして行く行くは、先の戦の英雄であるゼルバ将軍の元、ジュッツベルク辺境伯領騎士団に行きたいと思っているんだ!」


 第三部隊は王都外周の警備が任務で、魔獣退治も時々あるという。王都騎士団の中でも一番実戦が多い。

 ベティが配属されるのならば第三だと思っていたように、ジュッツベルク辺境伯領騎士団の仕事と一番近い部隊だ。


 なんだか嫌な予感に顔を引き攣らせながら、ベティは頷く。


「そう、か……」

「そうなのだ! だから、ベティ殿と手合わせをして、僅かなりともゼルバ将軍の教えに触れることが出来たと思うと、本当に幸せなんだ。本当にありがとう! それで……」


 そこからヴィドは、ゼルバを褒め称え、いかに尊敬しているかと熱く語りだす。

 延々と続く話に、ベティは死んだような目で相槌を返すことしかできなかった。




 残念ながらヴィドは、領地じもとにも大量に居る騎士たちと同類(父のファン)のようだった。





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