おまけ3_5歳児の観察眼
ベティたちの結婚から数年後の小話です。
久しぶりに夫婦そろっての休みの日。長閑な昼下がりは貴重な一家団欒の時間だった。
とはいっても、妻は息子に剣の稽古中。自分は娘と読書中。と各々の時間を楽しんでいた。
「ねぇ、お父さま」
「ん? どうしたんだい、リィラ」
5歳児が読むには大分難しい本を一人で淡々と読んでいたリィラが、隣に座るキールの服をちょん、と引っ張る。
何か分からない言葉でもあっただろうか、と愛らしい顔を覗き込むと、真剣な表情でキールの顔を見上げる。
「ゼオンは、とっても走るのが早いし、剣の上たつも早いの」
「ああ、そうだね。将来がとても楽しみだよ」
「うん、お母さまも、おじいさまも言ってたわ。すごい、きし、になるって」
「そうだね。父様もそう思うよ」
弟の将来を語り、何やら深刻そうに頷く娘に、キールは小さく首を傾げる。
ちらり、とリィラの手元を見るが、彼女が読んでいるのは至って普通の物語。読んでいるのが5歳児、ということが少し普通ではないが、内容自体は騎士がお姫様を助けて結ばれる、というよくあるものだ。
「リィラは、ゼオンがお姫様を助けに行くことになる、と思ったのかい?」
「ううん。ご本みたいなことなんて、そんなに、おきないもの」
なんだか呆れたような目で見つめられて、少し傷付く。
リィラは、とてもリアリストだ……。
悲しみを誤魔化すように微笑みを浮かべ、リィラの話を聞く。
「それじゃあ、ゼオンがどうかしたのかい?」
「ゼオンは、お母さまにそっくりでしょう?」
「ああ、そうだね。でも、リィラも目とかはベティにそっくりだよ」
「うん、それはうれしいの。だけど、もんだいは、そういうことではないの。ゼオンが、あと取りだっていうことだわ」
「あぁ…………」
真剣な表情で、5歳の娘に提起された問題にキールは苦笑する。
何故、そんなことを急に思い至ったのか。
そして、さり気なくキールやシェイラが頭を悩ませていたことに、気付いてしまったのか。
ベティやゼルバは純粋に、ゼオンの剣の腕を喜んでいる。
しかし、このジュッツベルク辺境伯領の舵取りをしているキールとシェイラは、将来が不安で仕方なかった。
なんせゼオンは、ベティやゼルバとよく似て脳筋だったのだ。
勉強嫌いではないし、馬鹿でもない。
しかし、何かあればとりあえず剣で解決を試みようとする。
まごうことなく、脳筋だ。
「だからね、お父さま」
「うん?」
息子の頭脳に考えを飛ばしていたキールの服が再びちょん、と引かれる。
視線をリィラに向けると、にっこりと笑う。
花が咲いたような、とても可愛らしい笑顔だ。
しかしその口から飛び出るのは、とんでもない発言だった。
「長男はゼオンだから、しゃく位はゼオンがつぐので仕方ないわ。でも、りょう地のことは、わたしがやるの」
「リィラ!?」
「おむこさんをもらえば、およめに行かなくてもいいもの。ちゃんと、ジュッツベルクをはん栄させるわ。だから、お父さまとおばあさまは安心してね?」
可愛らしく首を傾げながらそう告げる娘に言葉もない。
爵位と騎士団をゼオンが継ぎ、領政はリィラが取り仕切る。
それはキールとシェイラがそうなったら安泰だけど、と考えたことではある。
しかしそれをリィラたちに告げたことも、そうなるように導いたこともない。
それなのに、リィラは5歳にして状況を理解し、打開策を思い付いてしまったらしい。
ゼオンとは真逆で、リィラは本当に、キールにそっくりだった。
「おむこさんのこうほも、もう考えているの!」
「そうか……。でも、流石にまだ早いんじゃないかな?」
「ううん、何ごとも、早いうちに手をうつべきでしょう? ご手に回らないように、じゅんびはしっかりしなくちゃ」
目をキラキラと輝かせて語る娘に、似すぎるのも考え物だ、とため息を吐くのだった。




