おまけ2_ベティの迷走と愛情
「はぁ!? キール様への誕生日プレゼントなんて、新婚なんだからアンタが刺繍したハンカチとか、手編みの編み物とかでしょ。王道の事やっとけばいいじゃん」
「そうなのだが…………」
秋も深まったとある日の午後。
麗らかな日差しが差し込む部屋の一角で、ベティは外のお天気と正反対にドンヨリと陰鬱な空気を漂わせていた。
そして相談を持ち掛けられたミハエラは、死ぬほど嫌そうな顔でそんなベティを眺めている。お茶請けにと出されたクッキーはあっという間に完食だ。
そんな二人のやり取りを見て、同席していたシェイラがにこやかに笑う。
「ふふふ、ほらやっぱり。ね、ベティちゃん。ミハエラ君の言う通り、刺繍を頑張りましょう?」
「母上。しかし…………」
「アンタ、やっぱり裁縫とか下手クソなんだ?」
せせら笑うミハエラをじっとりと睨みつけ、ベティはもごもごと呟く。
「下手というか、その……」
「なんなのさ」
「私は、母上の教えの通りにやっているつもりなのだ」
「ふぅん、それで?」
「ベティちゃん」
「うぐぅ……。これ、なのだ…………」
シェイラにもニッコリと圧力を掛けられ、渋々テーブルへと乗せたのは、1枚のハンカチだ。
あくまでも練習用で、その辺の雑貨店で買って来た綿のハンカチの片隅。ベティの最善を尽くした刺繍が施されているのだが。
「うっわ。ホラーじゃん」
「ほ、ホラー……」
「ふふふ、血が付いちゃっているから、余計にそう感じるわねぇ」
「母上まで……」
糸目を見開いてミハエラがドン引きするその刺繍は、本来は四つ葉のクローバーの図案だったのだ。
しかしシェイラの言う通り、針を指に刺しまくった結果、所々ベティの血がついて赤黒くなっている。さらに綺麗な形にならないどころか、刺繍したベティ自身にもどうしてこんなことになるのか分からないくらいにぐちゃぐちゃな形になっており、なんだか呪われそうな代物が出来上がっていたのだ。
「昔から、裁縫は苦手で避けていたのだ。ここまで刺繍が出来ないなんて、自分でも驚いたのだが……」
「僕でももっとマシなもの出来るよ。ここまでってなると、むしろ一種の才能だね」
「ベティちゃんは、旦那様にとってもよく似て不器用さんだものねぇ。でも新婚さんだから、何か手作りしたものがいいと思うわ」
「うぅ…………」
「まぁキール様なら、このホラーなハンカチでも喜びそうな気がするけど?」
「いや、流石にこれは差し上げられない!」
投げやりなミハエラの言葉に、ブンブンと首を横に振る。
確かに、キールはベティのお手製、と聞けばこんな不気味な代物でも喜んでくれるだろう。しかし、いくら何でもコレはない。
誕生日プレゼントに、呪いのグッズみたいなもの贈れるわけがない。
「うぅ…………」
「そうねぇ。もう時間もないし、手の込んだ刺繍とかは諦めるしかないわ。何か、少し手を加えるくらいかしら?」
「じゃあ……」
それから凹みまくりなベティと楽し気なシェイラ、そして面倒臭そうな空気を隠しもしないミハエラ3人での作戦会議がしばらく行われたのだった。
そして幾日か経ち。キールの誕生日当日の夜。
ベティは夫婦の寝室でキールをソワソワと落ち着きなく待っていた。
今日一日、ジュッツベルク領を挙げてキールの誕生日を祝うお祭り状態ではあった。でも、ベティ個人でのお祝いはまだだったのだ。
このプレゼントは喜んでもらえるだろうか。
不安すぎて最早殺気すら放っているベティに、寝室へとやって来たキールは苦笑を漏らす。
「ベティ、どうしたんだい?」
「っ、キールさん」
「ふふ、今日は一日お疲れ様。私のために皆からこんなに祝ってもらえるなんて思っていなかったよ」
すり、とベティの頬を撫でたキールは穏やかに笑う。
日中は街で行われていたお祭りを見に行ったのだが、キールに気付いた人が口々にお祝いを述べてくれたのだ。小さな子どもたちも、街の外で摘んだ花で小さな花束を作って持って来てくれたりもした。
王族であったキールには、こんなに温かに祝ってもらう誕生日など初めてだったのだろう。
柔らかく笑む榛色の瞳を見ていると、ベティも嬉しくなる。
「キールさん。遅くなりましたが私からのプレゼントを、受け取って頂けますか?」
「勿論だよ」
「その……、大したものを準備できず、すみません」
「ふふ、ベティが私を考えて用意してくれたのなら、どんなものだって嬉しいよ」
美しい笑みを向けられ、うぐっと言葉に詰まる。
予想はしていたけれど、多分本当にあの呪いのハンカチでも喜んでくれただろう。でも、流石にアレはない。
あのハンカチは存在を知られたら多分欲しがられると思ったから、既に燃やしてしまっている。存在抹消済みだ。
とにかく気を取り直して、恐る恐る、プレゼントをキールへと渡す。
細長い紺色の箱に入ったプレゼントはとても軽い。
それでも大切に箱を受け取ったキールは、とても嬉しそうだ。そしてベティへと問い掛ける。
「開けても、いいかい?」
「はい」
「ああ! これは、素敵なリボンだね。もしかして、この刺繍はベティが?」
「刺繍、というほどではないのですが……。一応、私が刺しました」
花が開くような美しい笑みを浮かべるキールとは対照的に、ベティは悲痛な顔で頷く。
自分に出来る最善を尽くしたが、やっぱりコレは悲しい。
ベティからの贈り物は、髪の毛を束ねるのに使うリボンだった。近頃キールは長くなった薄茶の髪の毛をリボンで束ねているので、日常的に使えると考えて決めたのだ。
光の当たり具合によっては銀色にも見える灰白色のリボンは、ジュッツベルク領の特産品となったシルク・ゴートの毛を織った代物だ。シルクのような滑らかさがあるが、魔獣の毛を使っているので毎日使っても撚れてしまう心配もない。
そしてそのリボンの両端には、ベティの瞳を思わせる青い糸で1本ずつ線が縫ってある。
刺繍、とは決して言えないただの直線なのだが、ベティの精一杯だ。
何回も練習し、一針一針慎重に縫った。
キールの安寧や安息を祈り、そしてキールへの愛情をこめて。
「お誕生日、おめでとうございます。生まれてきてくださり、私を見出してくださり、ありがとうございます」
「ベティ。私こそ、ありがとう。こんなに嬉しい誕生日は初めてだよ。ふふ、このリボンはベティの色だね」
「や、いえ、そんなことは……!」
自分の色を毎日身に着けて欲しい、なんておこがましい。
そんな思いが心の片隅になかったと言えば嘘になるが、そんな考えはベティらしくない。
そう思って思わず否定をしたのだが。
しょんぼり、というような表情のキールに声を失う。
「違うのかい?」
「いえ! その、私の色を身に着けて頂きたいと……」
「そう。…………とても、嬉しいよ。大切にする」
柔らかに笑んで、キールはリボンへと口付けを落とす。
この上なく、幸せそうな笑みだ。
その笑みに、ベティの胸が熱くなる。
「キールさん」
「ベティ? どうしたの?」
榛色の瞳を優しく向けてくれるキールの手を取る。
そして真っ直ぐ見つめ、今まであまり言えていなかった言葉を口にする。
「その……………………。愛して、います」
「っ!?」
目を見開いて固まっているキールへと身を乗り出し、ちゅっと唇へ軽いキスを贈る。
ベティからキスをするのも初めてだった。
恥ずかしくてすぐに身を放そうとした瞬間、力強い腕に引き寄せられる。
「っ、キールさん!?」
「はぁ~…………。ベティ、不意打ちが過ぎるよ」
「えぇっと…………」
「私も、愛しているよ」
そう言うキールの榛色の瞳は蕩けた蜜のように甘い。
そして深く、何度も口付けられたのだった。




