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熊令嬢は婚活中  作者: 金原 紅
本編
2/25

2.前途は多難な雲行き

 迎え入れるために立ち上がり、近付いて来たキールを見上げてベティは少し動揺する。


 キールは男性の平均身長並みのベティよりも長身で、体も鍛えている様子で結構しっかりした体格だ。

 しかし端正な顔には綺麗に化粧が施され、雰囲気に合ったドレスを纏っているからか、明らかに男性だと分かるのに美しいとも思えるのだ。

 多分、ドレスを着たベティの方が女装感が強い気がする。


 そんなことに少し打ちのめされつつ、胸に手を当てて騎士の礼を取る。


「本日より、キール殿下付きとなりました。誠心誠意、お仕えさせて頂きます」

「うん、よろしく。あぁ、そんなに畏まらないで楽にして」

「はっ」


 楽にして、と言われても適当なことは出来ない。

 ピシリと背筋を伸ばして直立すると、キールは曖昧な笑みを零していた。榛色の美しい瞳は、困った様子で少し陰っている。


 麗しい人を悲しませるのは何とも罪悪感が強い。しかし、ベティのこの対応も仕方ないだろう。




 キールは女装と言う困った癖を持っているが、このカルティネロ王国の第二王子だったのだ。




 ベティはジュッツベルク辺境伯領騎士団では一隊を率いる隊長を務めていたが、王都騎士団では何の手柄も挙げていない。

 父、ゼルバの名前は近隣諸国まで知れ渡っているし、ジュッツベルク辺境伯領騎士団の勇猛さも有名だ。とはいえベティ自身はそんなことはない。

 それなのに急に第二王子付きの近衛騎士だなんて、何事かと思う。


 疑問やら警戒心やらで固くなっているベティの顔はなかなか凶悪な顔となっていた。




「うわ~こっわ!」

「こら、ヴェリテ。自己紹介もしていないのに、失礼なことを言うものじゃないよ」

「いや、でもキール様。アレは騎士じゃなくて殺人犯の顔ですって」


 ケラケラ笑いながらベティを指差すのは、魔術師のローブを纏った糸目の男だった。


 キールの執務室で机に向かって仕事をしているから、恐らく補佐なのだろうが無茶苦茶失礼だ。事実ではあるが、普通口にしない。

 ムッとしてより眼光鋭くなるベティに、さらにその男は笑い声をあげる。


「うっはは、冗談抜きで怖!」

「すまないね、ベティ。あれは私の副官のようなものなのだけれど、あまりにも酷ければどこかにやるよ」

「キール様ひっどい! ずっと一緒にやってきた僕よりポッと出の女を優先するなんて~」

「いや、普通にお前の態度は酷いからね。いい加減、ちゃんと自己紹介をしなさい」

「は~いはい」


 のっそりと立ち上がったその男は、ベティより拳一つ分くらい小さい。ひょろりとした、いかにも魔術師という雰囲気だった。

 どこか胡散臭い笑みを浮かべ、ベティへ手を差し出す。


「どうも、キール様の補佐官のミハエラ・ヴェリテ。ミハエラって呼んだらぶっ殺すから」


 少し長い黒髪の下、先程まで糸のように細かった青灰色の目が開かれる。

 口元は笑みを描いているのに、目は殺気立っていた。


 なかなか、この男も癖が強そうだ。

 不安な先行きに漏れそうになるため息を噛み殺し、差し出されたミハエラの手を握る。


 向けられる殺気には動じることも、反応を返すこともしない。


「よろしく頼む、ヴェリテ殿」

「ふぅん、流石騎士様だね」

「こら、ヴェリテ。いちいち喧嘩を売るんじゃないよ」

「はーい、失礼しましたー」


 パシリ、と軽く後頭部をキールに叩かれたミハエラは、滲んでいた殺気を散らし、全く反省はしていない様子で自席へと戻っていく。


 キールの言うことには一応従うが、ミハエラの態度はあまりにも無茶苦茶だ。

 しかしキールはそれを咎める様子はない。


「すまないね。人前でなければ、王族相手とか気にせずリラックスしてくれると嬉しいよ。あそこまでしろ、とは言わないけどね」

「はぁ……」

「まぁ、おいおい慣れてくれればと思うよ。さて、とりあえず業務について説明しようか」


 美麗な笑みを浮かべたキールがさらりとベティの手を取り、執務室の一角にあるソファへと導く。


 ドレスを纏っていても、流石は王子。スマートな誘導だった。

 気が付いた時には紅茶まで提供されていた。


 香り高い紅茶を一口飲んだキールが、麗しい笑みを浮かべて口を開く。


「ベティ。君は私付きの近衛騎士だけれど、あまりその役目はないんだ」

「え…………と」

「私が監査局局長という役割柄、まず表に出ることが少ないんだ。それに、ここに来るまでベティも色々と手間だったと思うけど、この建物自体、入退室がかなり厳しく制限されていてね。四六時中傍で警護する、という必要は無いんだ」


 このキールの執務室は、王宮内の政治の中枢である執務棟からは独立した、監査棟と呼ばれる場所にある。

 監査局が政治を監視する立場ということもあり、監査棟に入るには特別な許可証が必要となる。建物の周囲にも複数の騎士が巡回していて、厳重に警備がされているのだ。


 この執務室であれば、ベティが常時警戒をする意味はほとんどない。


「それでは、私は何故」

「申し訳ない。第二王子、という立場だから必ず近衛を置け、と言われていてね。同じ部屋に居るのであれば、むさ苦しい男よりもと、君を指名してしまったんだ」

「そう、ですか………………」


 正直、近衛騎士であればベティよりもよっぽど美人な男も多い。

 むさ苦しい男より、という理由はかなり胡散臭いものがある。


 思わずぐぐっ、と眉間に皺が寄ってしまう。

 執務机の方で、またミハエラが吹き出している気配がするけれど、そう簡単には表情を戻せない。


 しかしそんなベティの様子には構わず、キールは美しい笑みを浮かべて手を差し出す。


「とはいえ、護衛をして貰わなくてはいけない時もあるんだ。だから、これからよろしくね」

「……………………はい」


 ベティを指名したというキールの理由も、一緒に働くことになるミハエラの人間性も、困惑することしかない。

 苦労する気配が満々だが、婚活のためにはここで尻尾を巻いて逃げ出すわけにはいかない。


 あふれそうになる不安を押し殺し、キールの手を取るのだった。




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