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熊令嬢は婚活中  作者: 金原 紅
本編
16/25

16.家族会議

 キールとの未来を考えてみる。


 こいねがうような、その言葉に頷いたものの。

 キールを送り、騎士団の寮に戻って一人になったベティは頭を抱えていた。


 今までのお見合い相手は家柄や能力など、全て条件(・・)で選んでいた。ベティの感情なんかは関係ないと考えていたのだ。

 その考え方でいけば、キールは家柄も能力も申し分ない。

 というよりも、こちらが申し訳なくなる程の人なのだ。


 それならばキールの申し出を受ければいい。

 そう、考えるのだが。


 キールはベティを好きだと言ってくれた。

 未来を考えて欲しい、と願ってくれた。

 あの、真摯な眼差しを思い出すと。




 条件で選ぶのは違う、と思ったのだ。




 だから、ベティは自分の気持ちを考えていた。

 キールのことを、どう思っているのか。

 自分は、どうしたいのか。

 しかし。


 キールの言葉や眼差しを思い出すだけで、脳みそが動きを停止してしまう。

 蕩けるような榛色の瞳や、優しく耳に心地よい声は、甘い毒の様にベティの全てを止めるのだ。

 それならば、と自分の内側の感情に目を向けて見るが、ドキドキもやもやするばかり。

 それがどんなことを示すのかは、分からなかった。


 普通の人であればその段階ですでに答えが出そうなものだが、残念ながらベティはその辺のことに疎かった。

 幼少期から騎士団に所属して鍛錬に明け暮れていたから、恋の話をするような友人なんていない。まして、恋物語を読むような嗜好も持っていない。


 おかげで、近頃の状態は自身の不具合、とばかり思っているのだ。


「うぅん……。考える、とはいっても答えなんて、出るものか…………?」


 なんだか苦しく感じる胸元を抑え、ため息を吐く。

 出口の見えない迷宮に入ってしまった気分だ。


 そして、自身の気持ちだけでなく、キールが第二王子、ということもある。

 次期王には第一王子が内定しているし、第一王子には息子も生まれている。だからキールの順位は下がっているが、今も王位継承権は持っているのだ。

 そんな人を婿にする、となると色々問題とかがあるはずだ。

 難しいことが苦手なベティではよく分からないが、多分、課題とか、何かしらあるはずだ。


 そう考えたベティは、まずはこっちを片付けるべき、と立ち上がる。

 決して、自分の感情について考えることから逃げた訳ではない。そう自分に言い聞かせ。

 丁度王都に来ている両親に会うため、王都にあるジュッツベルク家の屋敷へ久々に帰ることにしたのだ。


 そして夕食も終わったような時間に急に戻って驚く両親に、キールのことを相談すると――。


「ふふふ、ステキねぇ。王子様から求婚されるなんて、物語みたい!」

「母上!?」


 真剣に相談を持ち掛けたのに、シェイラは少女のように青色の瞳を輝かせるのだ。

 キラキラとした笑顔をベティへ向け、楽しそうに話し出す。


「今日、キール殿下自身からベティちゃんと結婚したい、という話があったの。ね、あなた」

「……うむ。演習場でそのような話をされたのだ。だから、模擬戦で実力を確認させて頂いていたのだ」

「あれは、そんな流れで……」


 口をへの字に曲げていたゼルバは、小さく頷く。

 眉間にぐぐっと深く皺を寄せている様は、とても機嫌が悪そうだ。

 低い声で、唸るように言葉を紡ぐ。


「王子であろうとも、ジュッツベルクに軟弱者は不要。だが、あのように力を示されては反論する余地はない」

「それにキール殿下は、監査局で長年采配を振るっているくらいだもの。書類仕事についても心配はないわねぇ」

「……うむ」

「で、でも! キール様は王子なのです。そんな方が婿に来るなんて……」

「あら、ベティちゃんは嫌なの?」

「いや、そういうことではなくて! その、色々、問題があるのでは?」


 もごもごと疑問を口にするベティに、シェイラはニコニコと優しい笑みを向けた。

 母親らしい見守るような色と、年若い娘のように色恋の話を楽しむような色が混ざったような眼差しだ。どうにも居心地が悪い。


 もぞもぞと座りなおすベティに、シェイラは一つずつ説明する。


「そうねぇ。普通であれば、王位から遠い王子だとしても、わざわざ王族から離れるようなことはしないでしょうね。でもあり得ないことではないし、過去にも例はあるわ」

「そう、なのですか?」

「ええ。それに今の王家は、第一王子にご子息が二人生まれているもの。余程のことがなければキール様に王位が回ってくることはないでしょうし、10年前のことを考えると、王位に執着がないことを示すためにも王族から離れるのは悪くないと思うわ」

「そう、ですか……」


 キールは女装、という方法をとってまで王位争いを避けているのだ。

 王族から離れることにはためらいはないだろう。むしろ、それが望みなのかもしれない。


 ベティは眉間に薄っすらと皺を寄せて考え込む。

 しかしシェイラはそんな状態には構わず、ニコニコとさらに説明を続ける。


「ジュッツベルク家は辺境伯だから、王族を迎えるには少し家格が低いけれど、長年国境を守るという責務を果たしているわ。それに、ずっと王家に忠誠を誓っている家系として有名だし、ゼルバ(旦那様)は国の英雄とも言われているのよ。殿下が婿入りしても、文句を言う人なんて居ないし、もし居たとしても黙らせることは簡単よ」

「うむ」


 黙らせるって一体何をするつもりなのか。


 腕組みをしてむっつりと頷くゼルバより、にこやかに笑って告げるシェイラの方が怖い。

 引き攣りそうになる顔を何とか抑え、ベティは神妙に頷く。


「…………大きな問題はない、ということは分かりました」

「ふふ、よかったわ。……でも、決めるのはベティちゃんよ。貴女が、殿下との将来を考えられないのならば、お断りすべきよ」

「それは………………」


 眉間に皺を寄せて俯くベティに、シェイラは柔らかく微笑む。

 そしてベティの隣へそっと移動すると、握り締められた手を優しく撫でる。


「わたくしたちは、ベティちゃんの幸せが一番大切なの。だから、無理はして欲しくないわ」

「うむ。家のことなどは、考える必要はない」

「父上、母上…………」

「ゆっくり悩めばいいわ。幸い、殿下も待ってくださると言っているのだもの」

「………………はい」


 へにゃりと眉を下げて頷くベティに、ゼルバは重々しく頷きを返す。

 シェイラも優しい笑みを浮かべ、もう一度ベティの手を撫でる。


 キールからの告白に混乱し、ぐちゃぐちゃになっていた頭が少しは落ち着いた気がする。

 結局は自分の気持ちが分からないことにはどうにもならない。それが明らかになっただけだが、両親はベティに委ねてくれたのだ。

 それならば、時間を掛けてでもしっかり考えて、結論を出すしかない。


 そう、ベティは覚悟を決めた。

 のだが……。


「でも、あまりお待たせすると、殿下が押し掛けてくるかしら?」

「えぇ!? それって……」

「ふふふ。何事も、限度はあるから、気を付けてね?」


 ころころと笑うシェイラの言葉に、ベティは顔を青くするのだった。





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