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熊令嬢は婚活中  作者: 金原 紅
本編
14/25

14.夏の訪れと

 ハーブティーを二人で飲んだあの日以降、キールは事あるごとにベティへと甘い眼差しと言葉を贈るようになった。

 おかげでベティは度々キャパオーバーで動作停止し、ミハエラからは生温い視線を送られる日々を送っていた。


 そしてそんなことが日常となりつつある、とある日。

 窓の外にはカラリと晴れ渡った青空が広がり、容赦ない陽射しが燦燦と輝いている。夏も本番という時期だ。

 そんな屋外とは違い、魔道具のおかげで適温に保たれた執務室でキールがにこやかにベティへと語り掛ける。


「さて、夏がやって来たね」

「……? ええ、そうですが。それが、どうかなさいましたか?」

「夏といえば、何の季節か分かるかい?」


 にこにこと問い掛けるキールの意図が分からない。


 残念な出来と自覚のある頭を一生懸命働かせるが、出てくるのは当たり前の事だけだ。

 首を傾げて戸惑いながら、とりあえず思い付く答えを口にする。


「えぇっと。社交シーズン、でしょうか?」

「ざんねーん。ココじゃ、夏は監査の季節なの!」

「監査の季節……?」

「そう、ヴェリテの言う通り監査の季節だよ。各地の領主たちが社交のために王都に集い領地を空けるタイミングは、絶好の監査のタイミングなんだ」


 どこかドンヨリした空気を背負いながら回答を口にしたミハエラが、イライラした様子で机の上に積み重なっている書類を猛然と捌いている。

 キールの机の上にもいつも以上に書類が積み重なっており、悩まし気なため息が落とされる。


「というわけで、申し訳ないけれど朝は今までも早くなって、帰りは遅くなるよ。了承して欲しい」

「は。承知致しました」


 騎士の礼をとって了承すると、甘く麗しい微笑みが返される。

 その笑みでガチリ、とフリーズするベティに、ミハエラが鋭い舌打ちを送るのだった。




 そしてその日からキールとミハエラは怒涛の忙しさだった。

 監査部の各部署から上がって来る報告書のチェックや、各所への監査に関する調整。時には監査時に発生したトラブルの収拾にも駆り出されていた。

 ベティもほんの微力ながらも手伝いつつ、毎日朝から夜の遅くまで仕事が続く日々だ。


 その日も、結局仕事終わりはかなり夜も深くなった時間だった。

 かなり高い位置に昇った満月の光の下、キールを私室に送り届けるために王宮の片隅を歩いていた。


「今日も遅くなってしまってすまないね」

「いえ。あまり、お手伝いが出来ず申し訳ありません……」

「ふふ。他の者が近衛だったとしても、この時期の仕事はあまり手伝わせることは出来ないから。気にしないで」

「はぁ……」


 月の光に照らされ、柔らかに微笑むキールが唐突に足を止める。

 何事か、と周囲を探っても特に怪しい気配があるわけでもない。風に乗り、微かな管弦楽の音が聞こえて来るばかりだ。


「どうかしましたか?」

「いや。そういえば、今日は王宮主催の舞踏会の日だったのだなと思ってね」

「この音楽は、舞踏会のものでしたか」


 普段は聞こえてこない音楽に納得する。

 監査棟があるのは王宮の外れで、この辺りには舞踏会の招待客も来ないので気付かなかった。


 なるほど、と頷いてからふと心配になる。

 今、隣に居る人は王族だ。王宮主催の舞踏会は、王族は出席するものではなかっただろうか。


「キール様は出席されなくて良かったのですか?」

「ふふ、大丈夫だよ。母上に、この格好を改めない限りはパーティーへの出席を禁じられているからね」

「それは……」

「むしろ、パーティーなどを避けることも目的だから構わないのだけれどね」


 王位争いを避けるために女装していると先日言っていたのだ。

 王宮主催の舞踏会にも出席しないなら、王族としても失格と思われるだろう。


 今日も相変わらず美しいドレスを纏ったキールは、連日の多忙さを感じさせない、隙のない姿だ。

 そんな格好だけで王族としての評価がされることにモヤモヤする。


 眉間に皺を寄せてキールを見上げると、艶やかな笑みを浮かべたキールが、でも今回は失敗だったかなと小さなため息を零した。


「失敗、ですか?」

「ああ。この姿では格好がつかないね」


 榛色の瞳に男らしい色気を乗せ、ベティの手を取る。

 そしてベティの青色の瞳を真っ直ぐと見つめて囁いた。


「一曲踊ってくださいませんか、ベティ」

「っ…………!?」

「ふふ、顔が真っ赤だ」


 そっと手の甲でベティの頬をなぞり、キールは艶麗に微笑む。


「一人の男として、好いた女性と踊りたいと思うのは、おかしなことではないだろう?」


 そう言ってベティの手を引いたキールに導かれるまま、ワルツを踏む。


 月明かりが降るだけの庭園の片隅だ。

 観客も、煌びやかな装飾もない。

 音楽も、風に乗って聞こえて来る微かな音だけ。


 それでも。

 ドレス姿の男と、騎士服の女というちぐはくな状態でも。

 ベティの背を支える大きな掌の熱と、真っ直ぐに注がれる視線に。




 ベティの心臓は、バクバクと早鐘を打っていたのだった。




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