12.青空の下のもやもや
雲一つない青空が広がる昼下がり。
陽射しが厳しくなってきた中、王都騎士団の演習場では多くの騎士達が訓練を行っている。
流石に騎士服の上着を脱いでいる者が多いが、王宮内ということもあってか、皆シャツは着ている。ジュッツベルク辺境伯領騎士団だったら、上半身裸どころか、パンツ一丁も良く居たものだ。
そんな実家のことを思い出してちょっと遠い目になりつつ、ベティは演習場内を見渡した。
「…………今日も、ヴィド殿は居ないのだな」
夏は上に承認を取ることが多い、と言って結構頻繁に執務棟での会議にキールが赴くため、最近は演習場で訓練することが多い。しかし、ここ2週間ほどヴィドと一緒になることがなかった。
以前ヴィドは日に数度ある王都内の見回り以外は基本的演習場に居る、と言っており、今まで遭遇率も結構高かった。
それがここ最近全然見当たらない、と言うのは不思議だった。
もう一度演習場内を見回し、ベティはため息を吐く。
「ヴィド殿が居ないのであれば、一人で訓練するしかない、か」
「ヴィド・マルクルスであれば、異動になったぞ」
「っ!? ベルンドルフ団長」
背後から掛けられた言葉に振り向けば、そこには壮年の男性――ベルンドルフ王都騎士団団長が立っていた。
ベティへと気さくに片手を上げるその人に、慌てて胸に手を当てて礼をする。
「ははは、そんなに畏まらなくて良い」
「恐れ入ります」
「先日の研究塔の監査では大活躍だったそうだな。流石、ゼルバ殿の秘蔵っ子だ」
「いえ。私が役に立てたことなど、ほんの僅かです」
ベルンドルフに促されるまま演習場の外周に設けられている観客席に移動する。
ベティ自身はほぼ面識はないのだが、父とベルンドルフは若かりし頃に共に戦場を駆け抜けた仲らしく、今でも交流はあるらしい。ベティが急に王都へ向かうことにした時、すぐ王都騎士団に入れたのもこの伝手のおかげだった。
シルバーグレーの髪を綺麗に撫でつけたベルンドルフはひたすらゴツいゼルバとは全く違い、穏やかな紳士のような見た目だ。
しかしピンと伸びた背筋と鋭い眼差しからは決して衰えは伺えず、纏う空気は間違いなく歴戦の将だ。
「どうだね、王都での仕事には慣れたか?」
「そう、ですね……。今までと勝手が違いますし、なかなか難しいです」
「ふむ?」
苦笑して言葉を濁すベティに、ベルンドルフは顎に片手を当てて首を傾げる。
つい、と細められた目は、全てを見透かすようなものだった。
「やはり、今の職場ではあまり、ベティ君の仕事はないのだね?」
「………………はい」
「そうか。しかし、困ったな」
空を仰いで零されたベルンドルフの言葉には、かなり疲れが感じられた。
一体どうしたのだろうか、と見つめていると困ったような笑みを向けられる。
「本当はだな、私はベティ君は第三部隊で活躍してもらいたいと思っていたのだ」
「はい」
「しかし配属を決定する直前に、キール様がかなり強引に君を自分付きの近衛にと引っ張っていったんだ。王族の要望だから、そう易々と配置換えも出来ない」
「そんなことが……」
「ああ。あの方は基本的には無茶苦茶なことはされないが、時々強引に希望を通されるのだ……。おかげで、度々貴重な人材を持っていかれているよ」
ため息を零したベルンドルフは演習場へ目を向けつつ、恨み言のように小さな呟きを続ける。
「キール様の副官のミハエラ・ヴェリテだって、魔術師なのに監査部に持っていかれてしまった。彼は攻撃魔法は一切使えず、魔術師団の者たちと折り合いが悪かったとはいえ、探索魔法や鑑定魔法が得意なのだ。騎士団としては前線に欲しい人材だったのだがな」
「そう、ですか……」
「ヴィド・マルクルスも、キール様の口添えで、ジュッツベルク辺境伯領騎士団への異動だ。元々本人も希望していたこととは言え、王都騎士団ですらない場所になど……」
色々と知らなかったことを零される。
果たしてこれは自分が聞いていいものなのだろうか……。
引き攣りそうになる顔を引き締め、沈黙を貫く。
しばらく愚痴を零していたベルンドルフは、はぁぁと盛大なため息を吐き、ベティへと顔を向ける。
少し前までの歴戦の将の空気はすっかり萎み、瞳はすっかり淀んでいた。
「すまない、今のことは忘れてくれ」
「……はい」
ベルンドルフが疲れ切った声でそう言うのに頷きつつ、ベティは齎された情報に眉間の皺を深くするのだった。




