11.プレゼント選びは難しい
赤や黄色、水色にキラキラと煌めく飴細工。触れたら崩れてしまいそうな、繊細なレースのような砂糖菓子。ひらひら、ふわふわと色鮮やかなフリルのようなクリーム。宝石のように輝く旬のフルーツ。
そんな美しく、可愛らしいトッピングで飾られているのは、掌に乗るくらいのカップケーキたち。
ここは王都に最近できた、若い女性たちに大人気のケーキ屋。先日のお茶会で仲良く(?)なったご令嬢一押しのお店だった。
淡いピンク地にお洒落なティーポットやティースプーンなどが描かれた壁紙が貼られ、白い柱や窓枠などはホイップクリームを絞ったような装飾が施されているし、店内も可愛らしい。
どこまでも女性が喜びそうなお店の中で、しかしベティは眉間に深い皺を刻んでいた。
ショーケースを挟んで注文を待つ店員の女性も、ベティの険しい表情に笑顔が引き攣っている気がする。
「う~ん、やっぱり見た目が美しい飴細工の……、いや、でも旬のフルーツが一番無難……?」
「お客様…………」
砂糖やフルーツをふんだんに使ったケーキは、どれも目移りしてしまう程美しい。
しかしこんな煌びやかなケーキはジュッツベルク領ではお目にかかったことがなく、どれが良いのかが分からない。
むっつりと悩み込むベティの表情は、どんどん険しくなっていく。
あまりにも物騒な表情に、お店に入って来た若い女性が小さく悲鳴を上げて逃げて行ってしまうほど。店員も涙目だ。
そんな店内に、チリリンと涼やかなドアベルの音とともに新たなお客が入って来た。
「……アンタ、こんなとこで何してんの? 人でも殺すの?」
「ヴェリテ殿……。何故殺人など」
「や、だってそんな顔してるって。店員さんも困ってるよ」
困惑と揶揄いの混じったミハエラの声に顔を上げる。
周囲を見回せば、店員もお客もびくりと体を震わせていた。
「っ、申し訳ない」
「い、いえ~……」
慌てて表情を繕って謝るが、店員は引き攣った笑みを浮かべるばかりだ。
ミハエラは呆れた様子でため息を吐く。
「それで? アンタは随分似合わない店に居るけど、何してんのさ?」
「それは、その……」
「アンタが長居するのもお店に迷惑だから。選ぶの手伝ってあげるから、さっさと目的を言う!」
「その、いつも色々とお世話になっているから、キール様に贈り物をと。見た目も美しいここの店の物なら喜ばれるかと思って……」
「あ~……、そう言うこと」
糸目をちらりと店員に向けたミハエラは、ササっと自分の買い物を済ませるとベティを引き摺って店を出る。
そして休日だけれど魔術師のローブを着ているミハエラも、顔面が凶悪なベティも似合わないファンシーで可愛らしいお店から少し離れた場所にある、シンプルだが温かい雰囲気のベーカリーに連れて来られた。
「ヴェリテ殿?」
「キール様、キレイなものは好きだけど、甘いものはあんまり好きじゃないんだよ」
「そう、なのか……?」
「そう。アンタが用意するお茶菓子は良く食べてるけど、他で甘味を食べてるのは見たことないね」
少し肩を竦めたミハエラが、店内を指し示す。
木で作られた棚にはバケットや丸パンだけでなく、素朴なクッキーやパウンドケーキなども並べられていた。
「ここのお店はクッキーでもお酒に合うようなモノだったり、ケークサレなんかも売ってるから、キール様に渡すならこっちがオススメ」
「そうなのか……。全く、キール様のことを分かっていないのだな、私は」
「ま、僕の方が付き合いが長いしね。キール様も、周りに弱み見せないように習慣付いてるから大概分かり難いし」
珍しく慰めの言葉のような言葉を掛けるミハエラに、驚いて顔を上げる。
しかしそんなベティの顔面に指を付きつけ、ミハエラは糸目を見開いてきつく言い含める。
「だから、アンタは今後あの店みたいな甘いお菓子を扱うお店に行かないでね。アンタのせいでさっきのお店、かなりお客さんが引き返してたんだから。お店が潰れたらどうしてくれるんだ!」
「え……」
「甘いお菓子は僕の幸せなんだよ。その幸せを奪ったら、ただじゃ置かないからね。分かった!?」
「あ、はい…………」
仕事の時にも見ない真剣なその表情に、頷くしかない。
気圧されるままにお菓子屋さん立ち入らないことを誓うベティに溜飲を下げたミハエラは、ふん、と息を吐く。
「じゃ、後は好きに選べばいいよ。僕は他に行きたい店があるから、じゃあね」
「あ、ヴェリテ殿」
「なに?」
ベティより拳一つ分ほど小さいミハエラが、見上げるように振り返る。
いつも通りの糸目は、面倒臭そうな雰囲気を隠そうともしていない。
「お店の案内、ありがとう。とても、助かった」
「別にアンタのためじゃないし」
「それで、これを受け取ってくれ。貴殿にも、いつも世話になっているから」
「それって、さっきのお店の?」
「ああ。ヴェリテ殿がいかにも好きそうなお店だったから、すぐに貴殿の分は決まったんだ」
微かに笑うベティが差し出すのは、水色とピンクのストライプが可愛らしい紙袋。
中身は、先程のケーキ屋で売っていた甘いクリームたっぷりのカップケーキや砂糖コーティングがされたクッキーだ。
とにかく甘いものなら喜びそうだ、とミハエラ用のものはあっという間に選び終わって購入済みだったのだ。
「はぁ……。アンタって実は性質が悪いよね……」
「ヴェリテ殿?」
「何でもない。こういうの、キール様の前では止めてよね。僕は馬に蹴られるのも、地方に追いやられるのも嫌なんだから」
「一体、何の話だ?」
しっかりと紙袋を受け取りつつも、嫌そうにそう言うミハエラに首を傾げる。
お礼のプレゼントと、馬とか地方とか、何の関係があるというのか……。
「ホント、アンタのその鈍さは罪だよね」
首を傾げるばかりのベティに、ミハエラは深くため息を吐く。
そして嫌々な雰囲気全開なまま、ベティを見上げる。
「アンタが激鈍だと僕にも被害来そうだから言うけど……。キール様、女装は別に趣味じゃないからね」
「え、それはどういう……?」
「少しは頭を使ったら? あんまり余計なコト言ったら怒られそうだからこれ以上は僕は関わらないよ」
せいぜい頑張れば、と言い捨ててミハエラはベーカリーから出て行ってしまう。
女装は趣味じゃない。
ぐるぐると、その言葉が脳内を駆け巡る。
それはつまり、どういうことなのか……。
1人取り残されたベティは、美味しそうなパンやクッキーの香りに囲まれたまま、途方に暮れるのだった。




