第42話 お姉ちゃんと呼んで
ある暑い日の放課後。
長かった、雨の時期も終わり、暑い夏が始まった。
図書室は、生徒の勉強に差し障りが無いように、弱いながらも冷房が入っている。
その事を知っている生徒は、少ないながらもいるので、この季節は僅かであるが利用者が発生する。
とは言え、貸出希望者は心持ち増えるだけで、カウンターが賑わう訳では無い。
今日、静先輩とのどか先輩は、予備校に受講の予定があるので、ここにはいない。
しかし、珍しく、有佐先輩の姿があり、僕と一緒にカウンターにいる。
そして、恵先輩は準備室にいた。
そうして、カウンターで有佐先輩と本を読んでいると、向こうから、長い髪を後ろに纏めた、眼鏡を掛けた女子がこちらに来る。
松橋 翠先輩だ。
翠先輩は、小脇に何にか布の様な物を抱えている。
それを見て、僕は嫌な予感がした。
「あれ、翠、どぎゃんしたと?」
「あれ、有佐、珍しいねえ」
二人は、そんな事を言っている。
その隙に僕は、こっそりと脱出しようとした。
「有佐、確保して」
「むんぎゅ!」
逃げようとした僕は、有佐先輩に首根っこを掴まれてしまった。
「じゃあ、準備室に連行して」
と翠先輩が有佐先輩に言うと、僕は首根っこを掴まれたまま、二人と一緒に準備室に入った。
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「あれ、有佐、それに翠もどうしたの?」
僕らが入ると、恵先輩がそう言った。
僕らが3人共入ると、ご丁寧にも、翠先輩がドアの鍵を詰めた。
「うんにゃね、分からんけど、翠に付いて来たと」
「うん、今日は秋人くんに、これをもって来たの」
有佐先輩と翠先輩が言うと、翠先輩が小脇に抱えていた物を広げた。
それは、黒地にフリルやレース、それにリボンが散りばめられているけど、全体的に甘味が少ない。
所謂、ゴスロリと言われるドレスだった。
「ねえ今日は、コレを着て、ね、秋人くん」
と、翠先輩が言うと、恵先輩と有佐先輩の目が光った。
「さあ、着替えさせるわよー!」
翠先輩の声を合図に、3人が僕に襲いかかった。
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「シク、シク、シク」
しばらくすると、ゴスロリドレスを着た、一人の美少女が現れた。
頭には、ご丁寧にもウイッグを付けられて、背中までの長い髪が流れていた。
しかし、その少女は、部屋の隅で泣いていた。
「もお、いつまでも、泣かんとばい」
そう言って、呆れる、有佐先輩。
だが、次の言葉で部屋の空気が一変する。
「あーちゃん、おねえちゃんが慰めるから、おいで」
「恵おねえちゃん!」
恵先輩がそう言うと、僕は恵先輩に抱きついて甘えた(第39話参照)。
恵先輩は、僕の背中とウイッグを撫でる。
「ゴスロリを着た、可愛い男の娘に、おねえちゃんと言われて甘えられる・・・」
「うらやましかねえ〜!」
「本当に、うらやましい〜!」
そう言って、心底羨ましそうにしている、有佐先輩と、翠先輩。
我慢できないのか、有佐先輩が恵先輩から僕を引き剥がした。
「ねえ、あーちゃん、私の事ば、また”おねえちゃん”って言うて〜」
「ありさおねえちゃん、だいすき!」
僕があの時の事(第37話参照)を思い出して、そう言って抱く付くと、有佐先輩が力一杯、僕を抱きしめ返した。
「ゴスロリを着た、可愛い男の娘から”おねえちゃん、だいすき”と言われる。
うらやましいーーーー!」
それを見て、悶えつつ、絶叫する、翠先輩。
今度は、翠先輩が有佐先輩から僕を引き剥がすと、
「ねえ、ねえ、私も、おねえちゃんって言って、あーちゃん!」
と僕に抱きつきながら、そう言う、翠先輩。
「ちょっと、なんばしょっとね」
「それは、こっちのセリフよ」
有佐先輩と恵先輩がそう言うが。
「この服は私が持って来たのだから、私に優先権があるでしょ」
「だけんがらって、横取りはなかとよ」
「それこそ、こっちのセリフよ」
三人が言い合いを始める。
そして、準備室に修羅場が出現してしまった。




