16.桜花のびっぐなゆめなのだ。
―――少女の心に在るモノは。
『―――なぁ、アレイア!』
誰かが、ワタシを呼んでいる。
この声は、誰だったか。
もう、覚えてない。思い、出せない。
『―――俺は、アレイアと共に強くなるんだ!』
ああ。そうだった。
この声は、ワタシの初めての所有者の声だ。
もう、顔も名前も思い出せない、初めてのマスター。
『―――俺は、強くなるんだ……ッ!』
なんで、そんなに焦るのだ。
ワタシはその事が、疑問でしかなかった。
でも、やっぱりその理由ですら思い出せない。
『―――アレイアがあれば、俺は……ッ!』
何故、“ワタシ”をモノ扱いするのだろう。
ある時から、マスターは壊れてしまった。
なんで、だっただろう。
『―――この世界の誰よりも、強くなるんだ』
ワタシは、見られいない?
共に、多くの時を過ごしてきたと言うのに。
どうして?
『―――俺一人で、何処までも高みへ……』
思えば、アレが初恋だった。
剣に宿る、精霊として生を受け、初めて所有者という存在に触れた。
でも、彼は見てくれなかった。
なんデ?
『―――もういい。全員、殺してやる……』
いつからか、彼はワタシを居ないものとして扱っていた。
言葉が、まるで届いていないようだった。
そうだ。思い出してきた。
だから、ワタシは―――
『―――ナ、ン……デ』
―――あの時、初恋の相手を。
『こ……ノ……裏、切り……モ……ノ……が―――』
―――殺したのだ。
■
遠い昔。
神々によって創られたとされる伝説の剣、通称“神剣”がとある国に生まれた幼子に与えられた。
その子供は神剣と共に成長を遂げ、遂に“勇者”となる日が来た。
彼が生まれた国では、20年に一度“勇者”と呼ばれる存在を選び、その者に魔獣や“狂人”を倒す使命を与えるという風習があった。
別に、“勇者”と言っても御伽話に出てくるような伝説の勇者みたいな物ではなく、あくまでも生まれた時に生きる道を定められると言う、いわゆる厄介事を押し付けられただけなのだ。
それが、その幼子。
―――“アレス・ペイン”だった。
アレスは授かった神剣に、“アレイア”と言う名前を付け、小さい頃からずっと共に過ごしてきた。
そして遂に16歳の誕生日を迎えた時。アレスはアレイアと共にモンスター退治の旅に出る事になる。
その頃から、アレイアには剣に“精霊”が宿り、それが自我を持ち始めていたのだ。
その事がアレスにもすぐに分かり、次第に2人は仲良くなっていった。
アレイアはそんなアレスに、叶わないとは分かっていても、恋心を抱くようになっていた。
いつまでもこの旅が続けばいいのに。そう、思うくらいにはアレスの事を想っていた。
しかし、その頃からアレスは人が変わっていた。
生まれてから20年経てば、アレイアは取り上げられてしまう。それまでに自分にはアレイアが必要である事を示さなければならない。
そう、焦っていたのだ。
旅に出てから2年後。
アレスはもう間もなく19歳になると言う、そんな頃。
アレスには、もうアレイアの声が聞こえなくなっていた。
心を交わし合う事が、不可能になってしまったのだ。
これは、互いが互いを信頼していないと出来ない芸当。
つまり、どちらかがどちらかを信頼していないという証拠なのだ。
アレイアは当然、アレスの事を今だ想い続けていた。
となれば、信頼してくれないのは―――マスター・アレスだった。
それから先は、あっという間だった。
本来の力を発揮できずにいたアレイアは、ただただモンスター達にマスターが蹂躙されていく姿を見兼ねて―――ついに自らの意志で、マスター・アレスを……殺したのだ。
“いつか、人になれたら”
それが、アレイアの口癖だった。
しかし。それは叶う事は無かった。
マスター・アレスの死亡が確認されると、状況証拠からアレイアは捕まり、やがてとある神殿の最奥に封印された。
彼女はそこで、絶望し、深い眠りへとついたのだ。
■
悲しい夢を見た気がする。
もう、思い出せない―――いや、思い出したくない夢だったような。そんな気が。
そうだ。
ワタシは、何をしてたんだ。
ここで、何を。
『―――ぐれん! ぐれん! 目を覚ましてくれぇ! ぐれんっ!』
ワタシの、声?
それに、“ぐれん”―――?
だ、れ……。
そんな人は、知らない。いや……忘れたはずなのに!
『ぐれん……ワタシは、お前のことが―――』
やめて。
あの人は、もう死んだんだ。……ワタシが、殺してしまったんだ。
もう、忘れたいのだ……。
―――アレイア。
その……声は? まさか……
―――行ってあげな。彼はまだ、死んでないのだから。
行って……って、え……? ぐれんが、死んでいない……?
―――さあ、早く戻るんだ。あの時の俺と、同じ過ちを犯さないように。今度は、ちゃんと……
ちゃん……と?
―――ちゃんと、想いを伝えるんだよ。
◆
「桜花……もう、目覚めてくれないのか……ッ!」
俺はあれから、何度も、何度も呼びかけていた。
しかし、何度呼びかけても結果は同じ。錆びたまま、何の反応も見せない桜花。
「おう……かぁ」
次第に俺の放つ声は震えていった。
もう駄目なのか。もう遅かったのか。……そう、絶望しかけていた、その時だった。
『―――うるさいぞ、ぐれん』
聞き覚えのある、声が聞こえてきたのは。
「え……?」
『……おはよう、ぐれん』
その言葉を聞いた瞬間。
俺の視界は、ぱぁぁっと晴れていくのが分かった。それくらい、嬉しかった。
「おう……か?」
『ああ……おうか、だ。しばらくぶりだな、ぐれん』
「おう……かぁ! おうかぁぁぁぁぁぁ!」
みっともなく俺は涙と鼻水を垂らしながら、桜花を抱きしめた。何が起きたかは分からないが、桜花は帰ってきたんだ。
ならば、今はただそれを喜ぼう。
『す、すまないぐれん……い、今はそんな事をしている場合ではないのだ……』
「ふぇ……? それって、どういう……」
『ワタシには、もう魔力が無いのだ。だから、このままではいずれ朽ち果ててしまうだろう……』
「そ、そんな……! せっかく救えたのに……そんなのって―――」
『だから、なのだ。―――ぐれん、ワタシに……魔力をくれ』
「魔力……を」
駄目だ。
それじゃあ、俺は力になれないじゃないか。
闘気も、魔力も。ゴミみたいなレベルの俺には、分け与えるだけの余力は無いのだ。それに、まだ使い方すら分からないのに。
そう、思っていたのだが。桜花は、微笑むようにこう言ったのだ。
『―――キス、してくれ』
「え……?」
『ぐれんに力が無いのは分かっている。だから、キスしてくれ……! そうすれば、ワタシにはぐれんから力が吸い取れるのだ』
「そ、そんな事が……」
吸い取れる、そう言われて俺は思った。
もしこれが桜花じゃなければ、俺は絶対に断っていただろう。―――いや、影咲や姉ちゃんとかだったら話は別だけど。
それくらい、その言葉にはあまりいい印象は無かった。
でも。桜花の頼みなら。
それが例え悪い事だとしても。俺は―――
(……それを、叶えてあげたい)
『―――本当はな』
「……?」
『本当は、ワタシは人になりたいのだ。いつか、人になれたら……そう、ずっとずっとずっと、ずーっと思ってた』
「桜花……」
『叶わないと思いつつも、してはいけない物をしていたんだ』
「してはいけない物……?」
そこに踏み込んではいけないと、直感で分かっていた。
でも俺は、すぐに聞き返してしまった。
桜花は再び、微笑むような優しい声で言った。
『うん。それはな、“恋”だ』
「恋……?」
『そう。してはいけない物。叶うはずの無い物。―――ワタシの、恋。想ってはいけない人を、ワタシは二度も想ってしまったのだ』
「……」
そんなの。
そんなのおかしい話じゃないか。誰だって恋をする事くらいある。それはもちろん、俺も、桜花も同じだろう。
それなのに、恋をしちゃいけないだって?
そんなのおかしいだろう。
『なぁ、ぐれん。ワタシはな……お前の事が―――』
「それ以上、言うな。俺が、お前を助けてやるから」
寿命がいくら縮んでも構わない。それで、桜花が助かるのなら。俺みたいな、生きる価値の無い人間なんかより、桜花が生きる方がよっぽど価値がある。
「キス、すればいいんだな?」
『ああ。どこでも良い。ワタシに、キスをしてくれ―――』
「分かった」
俺は頷いて応えると、何の躊躇いもせずに錆びた桜花の刀身へと唇を付ける。
『んっ……力が―――』
しばらく口付けを続けていると、やがて桜花の刀身は光を帯びていった。
「こ……れは」
気付けば俺は、唇を離してしまっていた。
しかし。もう、大丈夫だろう。
錆びた刀身は、みるみるうちに元の綺麗な刀身へと戻っていき、桜花が放つあの桜色の光も出会った頃と同じだ。
完全、とまではいかないだろうが、復活したんだ。桜花が。
『元に……戻った……! 戻ったのだ! ぐれん!』
「ああ、お帰り……桜花!」
俺は、すぐに桜花を抱きしめた。両手で、強く、強く。
もう二度と、手放さないように。
◆
ああ。初めてだ。
初めてワタシは、嘘をついてしまった。
別に、キスなんていらなかった。ただ、触れてくれれば、それで良かったのだ。
でも、ワタシは欲張ってしまった。純粋なマスターを、騙してしまった。
なのに、何故こんなにも気持ちいいのだろう。
罪悪感が一切無い。清々しいまである。こんな快感は、初めてだ。
―――今は、ワタシがマスターを独占している。
そう思うと、ニヤケが止まらなかった。
それに。確かに自分自身の中にはとある“変化”を感じていた。それは、まだ何かは分からない。でも、確実に重要な変化だ。
だって、もしかしたら。
人に、なれるかもしれないのだから。
『ぐれんは、誰にも渡さないのだ。もう、二度と離れないのだ……』
そう、自分自身に誓うようにワタシは呟く。
誰にも聞こえないように、小さな声で。
『そして、他の女なんて―――』
気付けば。
ワタシの刀身は、赤く―――紅く輝いていた。
それは、鮮血の色。
ワタシの、一番強い印象のある、記憶の色だ。
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次回は、恐ろしい話。
p.s.
矛盾してたら教えて下さい……(小声)
気づいてない可能性が高いです




