12.大切な相棒が連れ去られた。
―――少年は失ってから気が付くのだ。
「みんな、おはよう」
「おー、早いね紅蓮〜。おは〜」
やっぱりだらしない格好で現れる蒼華を始め、続々と他のメンツもリビングへと現れた。
それもそのはず。だって紅蓮以外の5人は、紅蓮の作る料理の匂いに誘われて起きたのだから。
「ふぁぁ〜。センパイ、眠いです〜」
「うむ……後輩。何か、目が覚めるような刺激を〜」
「ちょ、ちょっと冥だけじゃなくて会長さんまで! みんなしてなんでそんなにだらしないんですか、もう……!」
紅蓮は蒼華と同様にだらしない格好や寝癖をつけている冥と麗に、おたまを持ったまま文句を言っていた。
その姿は、さながら学校へ行く準備を整えてくれている母のようだった。
「ん……というか、緋神くんはどうして眠くないの……?」
「あ、影咲もおはよう。んー……そうだな、なんか変に覚醒しちゃっててさ。眠くないんだよな……。この反動が来なきゃいいんだけど」
「そ、そうなんだ〜?」
昨日、というか今日の朝になるまで紅蓮はずっと剣を振っていたのだ。しかし紅蓮は今自分で言った通り、妙に覚醒していて眠気が全く無かった為、こうして皆の朝食を用意していたのだ。
ちなみに。
そんな紅蓮の姿を陰ながらずっと眺めていた4人は、当然あんまり眠れていない。かろうじて寝落ちしたお陰で若干の睡眠は取れたが、それも些細なもの。
だからこそ、皆こんなにも眠そうなのだ。
「少しは紅蓮を見習ってくださいよ……?」
「あはは、悠兄さんはやっぱり朝強いんですね」
「ああ。しっかりと早寝早起きを心がけているからな!」
「流石です、悠兄さん!」
「そ、そうか? あ、あはは〜」
と、そんな4人を意に介さず、自分の体調管理には厳しい悠はちゃんと早寝早起きをしていて朝もスッキリとした様子で目覚めてきたのだ。
「それじゃあ皆。ホントに昨日使わなかった食材で作った正真正銘の余り物朝食だけど、よければ食べてくれると嬉しいです」
「うん、もちろん食べるよ。なんてったって紅蓮の料理はどんな物でも世界一の味だからね!」
「ふふ、ありがと……姉ちゃん」
そう言いながら微笑む紅蓮。
刹那、影咲たち4人は覚醒した。ズキュゥゥン!という音が脳内に響き、それが意識を覚醒させ、今の紅蓮の貴重な笑顔を脳裏に焼き付けさせていた。
そう。紅蓮の事をよく知らない麗ですら、今の笑顔はまるで天使のように見えていたのだ。
「―――いただきます。……んぐ。おお……! これが余り物とは思えない美味しさだ、紅蓮! やはりお前は天才料理人なのではないか!?」
「それは褒め過ぎだよ悠兄さん!」
悠が紅蓮の料理を食べ始めると、他の皆も「いただきます」と一言添えて目の前の料理に舌鼓を打ち始めた。
食べては褒め、褒められては照れ……そんな、ようやく戻ってきた日常のワンシーンに、紅蓮は笑う。
しかし、そんな中。
『皆は、美味しそうに……楽しそうにしている中……ワタシは―――』
皆と混ざることができずに悔しがっている剣が一つ。
寂しそうに、淡い青に輝きながら壁に立てかけられていた。
■
「―――皆、おっはよう!」
「「「おはようございます―」」」
朝食を食べ終わると、丁度そのタイミングで“嵐”はやってきた。―――言わずもがな、メリドだ。
「お、皆ちょうど朝食が終わった感じかな〜? それならちょうど良かった!」
「ちょうど良かった……とは?」
「お、麗ちゃん。いいとこ聞いてくれました! ―――そう、私は君たちにまた用があって来たのです!」
ふんす!とドヤ顔をしてみせたメリド。
だが、その具体的な話の内容を聞かないことにはどう反応していいのか困る6人は、何も答えず、ただただ憐れむような目でメリドを見つめていた。
「ちょ、ちょっと待ってよ! そんな変人を見るような目で見なくてもいいじゃない!」
「あ、あのそれで……用って?」
再び麗はメリドへと問う。
するとメリドは「はぁ……」と溜め息をつきながら、切り替わったようにその用について話し始めた。
「えっと、今日はね? 来たる戦の日に備えて、本格的に戦闘経験を皆には積んでもらおうと思ってて」
「戦闘経験、ですか」
「うん、そう。それで皆には、ハンター協会でモンスター討伐系の依頼を2つくらいこなしてきて欲しいんだよね」
「い、いきなり2つも!?」
「そうだよ? まあ、難易度は超簡単なのでいいからさ。とにかく今は経験を積むことが大事なんだよ」
「……なるほど」
いつにもまして真剣な様子でそう語るメリドに、麗も納得せざるを得なかった。生き残るためには、戦うことは必要になる。
だからこそ、経験を積まねばならないのだ、と。
「じゃあ、俺はまたお留守番って事で良いですかね?」
紅蓮は、苦笑いをしながらもそうメリドへと聞く。
するとメリドは意外にも首を横に振って、こう言ったのだ。
「―――ううん。少年、君にもお願いしたい事があるんだよ」
「え……俺に、ですか?」
「うん、そうだよ? これは、君にしかお願いできない事だからさ……頼んだよ?」
「……は、はい。分かりました! お任せされます!」
「うん、いい返事だ! それじゃあ肝心のお願いについてなんだけど―――」
この時、紅蓮はメリドのお願いを、その内容を聞く前に聞き受けてしまった事を後悔する事になる。
それはそれは、血反吐が出るほど、とても深く……深く。
しかし当然、この時の紅蓮にはそんな事知る由もない。
だからこそ、軽率に連れ出してしまったのだ。
古の時代に、伝説の勇者が使っていたとされる剣を。
―――そう……紅蓮の相棒『桜花』を。
◆
という訳でお願いされてやってきたのは、商店街なのだが―――
(何で商店街なんだよ……)
「はぁ……」
と言うのもさっき。メリドさんが訪れて、俺と残りの5人にそれぞれ依頼……というかお願いをしてきたのだ。
5人には戦闘経験を積むためのクエストを。そして、1人残った俺に与えれたミッションは―――
「買い物、かぁ……まあ、行きたいとは思ってたけど」
想像してたお願いとはちょっとズレていた事から、俺はどうしても拗ねてしまっているようで、文句が口から溢れて止まらなかった。無性にむしゃくしゃする気持ちが無いわけでも無い。
でも、これならこれでいいやという気持ちもあるからなんとも複雑な心境だ。
『それで、買い物とは何を頼まれたのだ?』
落胆する俺を見兼ねたのか、桜花は小声でそう聞いてきた。
俺は、メリドさんに渡された紙を見ながら桜花の問いに答えることに。
「えっと……日用品から食料品まで家事に使う物を中心に、必要だと思う物をある程度買い溜めしておいてね、だってさ」
『ふーん……食料品、か』
「どうかしたのか?」
『ううん? 何でもないのだ』
「そうか。―――って、次はこの店にしようかな」
俺は桜花の不思議な様子にも気付かず、危うく通り過ぎそうになった店に入っていく。
背中に携えた桜花は、やはり青く輝いていた。
■
『おお、たくさん買ったのだな』
「う……ま、まあな」
両手に持つ大きな袋を見ながら、桜花は驚いているのか呆れているのか分からないような声で俺にそう言った。
「ホント……お前が人だったらってつぐつぐ思うよ……」
『……ッ。す、すまないのだぐれん』
「いいや? 気にしないでくれ。これも、俺の特訓の一部だと思って頑張るよ」
『そ、そうか……』
ありもしない妄想を言っている暇があったら、とにかく俺は自分を鍛えないと。そう思って次の店へ向かって足を進める。
……と、そんな道中の事だった。
『な、なあぐれん?』
「どうかしたのか?」
桜花が、俺を呼び止めて何かを言おうとしたのだ。
いつもよりも、真剣な声色で。何かを。
『―――ワタシは、お前が好きだ……ぐれん』
「え? あ、俺も好きだぞ?」
『……本当に、か?』
「ああ、当然だ!」
『だ、だったら……あの……な? ワタシは―――……お前と―――くを――て、―――とになれるように……だな』
「……え? ごめん、声が小さくて聞こえないぞ?」
『だ、だから! わ、ワタシはお前と一緒にご―――――えっ?』
この時だ。
俺がちゃんと桜花に集中してあげれば良かったのに。
いつもの、何気ない会話だと思っていたのが間違いだったのか。それとも、桜花の真剣な告白に気づかなかったのがいけなかったのか。
何にせよ、これは俺の責任だった。
「どうかしたのか? おう……か―――?」
―――消えたのだ。それは、何の前触れもなく突然。
背中から消える剣の感触。重み。
一瞬にして、心が歪んでいくのが分かった。
「おう……か? なあ、何処に……桜花―――?」
彼女が居ないだけで、俺はこんなにも脆かったというのか。
心の、拠り所だった大切な相棒を失うというのは―――こんなにも、辛いモノなのか。
(探さ……なきゃ。調べなきゃ……何で、消えたのか……その原因をッ!)
次の瞬間。
俺は、両手に持つ買い物袋の重みなど忘れたかのように走った。家にある書斎に向かって、一直線に。
◆
「―――ミッション、コンプリート。ふん、他愛もない」
『な、何者だっ! 何故ワタシを連れ去った!!』
それはそれは暗い部屋に、彼女は置かれていた。
彼女を連れ去ったのは、全身を黒い衣服に纏った長身の男だった。
「何故、か。頼まれたから……としか言えないな」
『頼まれた、だと!?』
「ああそうだ。そしてお前はこれから、俺の部下の実験に使われるのだ」
『じ……実験……だと?』
「ああ。―――さあサイケリ。その剣を使って遊んでやれ」
黒服の男は、自身の後ろに向かって呼びかけた。
すると、そこからは一人の青年が現れる。
「よろしいのですか? クロカゲ様」
「ああ。何をしてもいいぞ? ―――ただ、壊さない事。そして剣として扱わない事が条件だがな」
「それなら問題ありません。カラクリの核として使いますので」
「ふん。それなら構わない。とにかく奴を炙りだせ。―――数値2を叩き出したと言われる“奇跡の子”を、『本気』の状態でな」
「かしこまりました、クロカゲ様」
カラクリ……奇跡の子。
分からない言葉はあるが、桜花はとにかく会話を盗み聞くことしか出来なかった。
そしてその会話から、紅蓮の身が危うい事も分かってしまった。
「あぁそれと。“奇跡の子”は出来れば捕獲して洗脳をかけておけ。それが出来ればそんな剣など捨ててしまってよいからな」
「洗脳、ですか……。かしこまりました」
「あとは好きにしろ。ではな―――」
「ハッ」
そう言って、クロカゲと呼ばれた黒服の男は去っていく。
残ったのは、白衣を着たサイケリと呼ばれた男と、桜花だけだ。
「―――さて。それじゃあ、実験に付き合ってもらいますよ?」
『や、やめろ……来るな!』
「―――ヒヒヒッ。これは、面白い事になりそうですねぇ……」
『や、やめてくれ……っ! ぐれんには……手を出さないでくれ……っ!』
桜花は、水色に輝きながら願う。
紅蓮の無事を。
そして、叶うはずのない願いが叶う事を。
(いつか……ぐれんが強くなれたら。その時は、ちゃんと契約をして……一緒にご飯を、食べたいのだ……)
「―――さあ、それでは。実験を始めましょう」
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