11.紅蓮の特訓大作戦。
―――少年は陰ながら努力する。
「―――おっはよう! 諸君!」
元気よく放たれたその声は、俺たちの目覚めたばかりの脳を覚ましてくれた。
「め、メリドさん……驚かせないでくださいよ……」
「なんだなんだだらしないな〜! 君たちはまだ若いんだから、規則正しい生活をしとかないと!」
「若いからこそですよーだ」
ソファに寝そべりながら文句をぶーぶー垂れた冥。同じく姉ちゃんも、「うんうん」なんて頷きながらもう一つのソファーで寝っ転がっていた。
流石に我が姉にしては情けない。と、いうか。だらしなさすぎる。
服はパジャマのままだし、しかもパジャマははだけてるし。
む、胸もこぼれて見えそうで―――
(って、だから俺はなんで実の姉に欲情して―――)
「―――って俺は欲情なんかしてない!!」
「あー、少年? どうかしたんか……? お姉さん心配になっちゃうぞ……?」
突然叫びだした俺に、メリドさんがなんか憐れみの目を向けてきた。
「い、いや……別にどうもしてないですよ」
「ふーん……ま、いいけどさ」
「あれー? それよりもさ、影咲ちゃんは何処行ったのー?」
唐突に姉ちゃんがそう聞いてきた。だらしない格好のまま。
……と、俺たちは言われて気付く。
昨日の大騒動から一夜明けて翌日。
疲れていた俺たちはあれから泥のように眠り、目が覚めてこの家のリビングに集まっていた。
だらしない格好で寝ている姉ちゃんに冥。
まだ寝起きで脳が覚醒していないのか、全然喋る気配の無い会長さんに悠兄さん。
それに俺と桜花、あとたった今入ってきたメリドさん……と、メンツは揃ったと思っていたが。
(言われみれば、影咲のやつ……居ないな)
「あーら、すれ違いになっちゃったのか」
「え? それってどういう事ですか?」
何か思い出したのか、メリドさんは「あー」と言いながら人差し指を立てていた。
「いやね、さっき外ですれ違ったんだけどさ。なんか袋持ってたし買い物でも行くんかなーって思ってさ。でもまさか無断で出てたなんてね……」
「まあでもー? あの子なら私らに心配かけるような事はしないでしょー?」
姉ちゃんは呑気にもそう言うが。
やっぱり俺には影咲の事が心配だ。
(そりゃ仮にも好きな人だからな……心配になるに決まってるだろ……)
「俺、影咲を探してくるよ!」
「「「ちょっと待った」」」
シンクロした。ユニゾンした。
皆の言葉が、今この一瞬だけ重なった。
そして、そんな皆の腕は俺の肩に置かれていた。
「あれ、え? み、皆さんどうして―――」
寝ていたはずの姉ちゃんも冥も、皆して俺の肩をがっしり掴んでいる。
どうしたと、言うのだろうか。
「いやさ、少年。冷静に考えても君はこの家から出ちゃ駄目でしょうが。昨日の話、もう忘れたの?」
「……あ。そう言えば」
俺のことを匿うためにこの場所を提供してくれたんだったな。
確かに、それじゃあ俺が出る訳にはいかないか。
(……やっぱり、役立たずになっちゃうのか……)
俺は、無意識の内に拳を握りしめていた。
「まー、彼女なら私たちで探してくるからいいよー? どうせ少年以外の皆を王城まで連れて行くつもりだったし」
「え? そうなんですか?」
「うん、そうそう。何でも君たち、“魔獣”を討伐したそうじゃない? だから、その報酬をむしり取りに行ってくるのさ」
「そういうことらしいから、後輩。だから今はとにかく、大人しくここに居てくれ」
会長さんが、真剣な眼差しで俺にそう頼んでくる。そう言われたら、それはそれで断れないのが俺の性だ。
仕方ない。ここは大人しく在宅ワークに勤しむことにしよう。
「分かりました。それじゃあ、皆……気をつけてね」
「うんうん、物分りのいい少年で助かるよー! それじゃ皆、急で悪いけど準備できたら早速王城に向かうよー!」
「「はーい」」
皆が遠足のようにメリドさんの言葉に頷いてから数分。
あっという間に準備を整えた皆は、あっという間に旅立っていった。
「じゃ、留守番よろしくねー!」
やっぱり嵐のような女性だ。
メリドさんがそう言って家を出ていくと、家の中は完全に俺と桜花だけの物になってしまった。
―――異様なくらい静かだ。
『ぐ、ぐれん……二人っきり、だな』
「ん? ああ、そうだなー」
『そ、それならまた私と―――』
あ。
そうだ……戦闘面で活躍できないなら、それ以外の事で活躍すればいいのか。
ならちょうどうってつけのスキルが俺にはあるじゃん。
「―――よし、家事をしよう」
『―――え』
かくして。俺のそんな思いつきから、俺は一人でこの広い家の家事をする事になったのだ。
◆
「―――此度の活躍、誠に見事であった。これは王国からの褒美だ。遠慮なく受け取ってくれ」
「ありがとうございます」
麗はペイン国王の側近から、大きく膨らんだ小袋を受け取った。
中身はがっしりと重い。どうやら相当な額がこの中に入っているみたいだ。
―――王城内、王の間にて再び5人が集い、王からお礼を受けていた。
あれから、影咲は無事に商店街で見つけることが出来て合流を果たし、そのまま報酬を受け取りにここに来たと言うわけだ。
5人が一日帰ってこなかったことは、メリドが上手く誤魔化したようで特に言及はされなかった。
「……それでは。これからもハンター活動に励みつつ、あのゴミのように死ぬことの無いように自らを鍛えるのだぞ」
「は―――」
麗はその言葉に答える前に、気づいた。
刹那にして背後から放たれる殺気。異様なまでの気配に。
「わ、分かりました。それではこれにて失礼致します」
何とか答えた麗は、皆を無理矢理連れて城から出ていく。
やはりこの4人をあの王の前へと連れて行くのは危険だ、これからは自分だけでどうにかするしかない……とそう思う麗なのであった。
◆
「ふん! こんなもんだろ!」
『お、おぉ〜! これは驚いたのだ! まさかこんな力が紅蓮にあったとは……!』
俺が汗を腕で拭い、片付いた家の様子を見ながら一人ドヤ顔を決めていた。
これからこの家に住むのであればその構造を知っておいた方が有利だろうし、他にも今この家には何があって何が無いのかを把握できたから成果としてはとても良い物になった。
実際、食料はもちろんの事、食器や掃除道具なども少ししか備蓄がなかったし。
ホントに数人が密会できそうなレベルのアイテムしかこの家にはなかったわけだ。
「あとは……っと」
『まだ、何かするつもりなのか?』
「ああ! 今ある食材を全部使って料理でも作ろうかと思ってさ!」
俺は桜花の問いかけにそう答える。
そう、そうなのだ。料理ができそうなのだ。
ピカピカになった室内の一角―――台所を見ながら俺はある事を考えていた。
そう、サプライズパーティーである。
この世界にはどうやら冷蔵庫のような物があるようで、中に食材を保存しておく箱がこの家にはあった。まあ名前は冷蔵庫としておくが。
そんな冷蔵庫の中にはさっきも言ったがある程度の食料は保存されていて、台所の下の収納には料理でよく使う調味料も見つかった。
『うぅ、ぐれんの手料理……一度でいいから食べてみたいのだ……』
「あ、あはは。そうだなー……お前にも食べさせてやりたいけど……」
それは多分叶わないだろう。とは口に出さない。
それにもしかしたらそういう機会がいづれ訪れるやもしれないからな。
まあ、そんな訳で俺は早速料理を始めた。
間もなく帰ってくるであろう皆の為に、豪華なご馳走を用意出来るように。
「うし……久々の料理だ! 気合い入れっぞ……!」
◆
「―――うん。うん、そうだよ。ついにあの伝説の剣が現れたのさ」
その女は、一人……城の物陰で誰かと通信をしていた。
「―――ああそうとも。皆を殺す事は私が許さないけど……でも、あの子の……いや、彼の力を試すには丁度いいかなって思ってさ。…………うん、そ。キミにはその為に動いてもらいたいのさ」
そのフリルのついた可憐なメイド服を翻し、嬉々とした様子で何者かと会話をする女。
「―――え? 剣はどうするのか、って……? ……うーん、そうさね。私が見たいのは彼の本気だからー、いっちょ、剣は奪ってみますか!」
そう答えると、女たちの通信は終了する。
そして通信を終えた女は、ニヤリと笑い……そしてこう呟いた。
「……恋にスパイスは必要、ってね。アハハハッ!」
太陽は、もう沈んでいた。
夕暮れに、女の笑い声は響く。それはそれは、高い笑い声が。
◆
「―――ぷはー! おいしかったよ、紅蓮!」
「はいです! センパイの料理は最高です!」
「ああ、やっぱり紅蓮が弟に欲しかったよ……!」
「ふむ……中々美味だったぞ後輩。こんなに美味しいご飯を食べたのは随分と久々な気がする!」
という訳で皆は俺の料理を食べて満足してくれたみたいだった。
あの後、夜になってようやく皆が帰ってきて、そしたらまた嵐みたいな喧騒が帰ってきて。
あからさまに綺麗になった室内や、テーブルに並べられた料理に興奮して騒ぎ立ててくれたんだ。―――特に冥が。
そんな訳でサプライズパーティーは大成功。
俺も皆が喜んでくれてすごい嬉しかった。
「うー、なんか今日は疲れちゃったなー」
「姉ちゃん、今日はもう休んだら? 城まで結構な距離あるんだから……皆も疲れてるでしょ?」
と、食事も終わりようやく気が抜けたのか、姉ちゃんを始め、みんなだいぶぐったりとしてきた。
「お風呂は沸かしてあるからさ、みんなはお風呂入ってそのまま寝たほうがいいと思うよ」
「んー、そうだね。そうさせてもらうよー」
「じゃあ、ここは自分が最初に入らせてもらいますね? 一応、紅蓮以外には僕しか男が居ないですから」
「うん、そうして兄さん」
「それじゃあお先に」
俺は皆が順番にお風呂に入り始める中、一人で後片付けをしながら考える。
(明日は必要な物の買い出しに行ったりしないとな……! いや、そうじゃなかった。―――皆が寝たら、今日こそは……)
「それじゃ、お先にお休みさせてもらうわね」
「あ、うん。お休み〜」
と。気づけば最後に入った会長さんも出てきていた。
どうやら皆はもうお風呂を済ませたようだ。
丁度いい。全員が寝たのであれば……と、俺は桜花を手に取って外に出た。
「緋神くん……?」
その時。俺は誰にも見られていないと思って、意気揚々と外に出たのだ。
―――そう。陰ながら特訓をする為に。
◆
「―――なあ桜花……これなら少しは様になってるか……?」
『うむ、何事も積み重ねが大事だからな! えらいぞ、ぐれん!』
「……少しでも皆の足手まといにならないように、頑張らないとだもんな……!」
『その意気なのだ!』
夜も更けて、気づけば真夜中になっていた頃。
紅蓮は一人で、桜花を使って剣の特訓をしていた。
そんな姿を、彼女“たち”は陰ながら見ていた。
「―――紅蓮……くん。ああ、素敵……紅蓮くん……。かっこ、いいよ……」
「―――紅蓮。やっぱり、紅蓮は私だけの最高の弟だよ……」
「―――センパイ。ああ……センパイ。今すぐ私と二人きりで特訓したい……。センパイは私が居ないと駄目なんですから……」
「―――後輩。君は、どうしてそこまで頑張れるんだ。私は……私は……」
場所こそ違えど、それぞれが紅蓮を見つめる中。
紅蓮はそんな事には気付かず、一人……朝日が昇るまで剣を振り続けるのだった。
いつか、強くなれる日を夢見て。
どんどこどん!!
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