032 シアタールーム
おかゆを食べ終わった清香は、お皿を床に置いてスマホを手に取る。成瀬さんに、美味しかったですとメッセージを送っておいた。
そして、涼太のアカウントを開く。熱がこのまま明日も下がらなかったら、涼太に迷惑をかけることになる。レストランの予約をキャンセルするなら、当日よりも前日の方がいいだろうと思ったのだ。
スマホの画面とにらめっこしながら、なんてメッセージを送ろうか考える。考えながら、やはりメールで断るのは失礼だという結論に達した。朝早いから、まだ家にいるかもしれないと電話番号をクリックする。
『プルルルルルー』と呼び出し音が鳴る。しばらく待つと、涼太の声で『はい』と声がした。
『もしもし、涼太? 朝早くごめんね』
『清香、どうした? 電話なんて珍しいじゃん』
涼太の声が、弾んでいる気がする。
『あのね……明日なんだけど……』
『うん。結構、俺、頑張ったぜ』
涼太が得意げに言うものだから、清香は言い出しづらい。でも、言わなくてはと勇気を出した。
『ほんっとうに、申し訳ないんだけど……。キャンセルしてもらえないかな……』
『は? 何で?』
驚いたのか、ちょっと声が大きい。
『昨日の夜から熱が出ちゃって、今も37.8度あって……。明日下がるかわからないから……。当日キャンセルだと、キャンセル代取られちゃうし……。本当にごめんね……』
清香の声は段々と小さくなっていく。電話の向こう側で、すぐには返答できない涼太がいる。恐らく、ドタキャンになってしまった苛立ちを飲み込んでいる。しばらくの後、声が聞こえた。
『熱って大丈夫なのか? 俺、行った方がいいんじゃないか?』
『それは大丈夫。今おかゆ食べたから、もう今日は一日寝とくから』
『そっか。もし何かあれば言えよ? 俺、すぐに行くからさ。明日のことは気にしなくていいから。また、元気になったら改めて予約するわ』
涼太の心配そうな声が、清香の耳に届く。ドタキャンに驚いたみたいだけれど、本当に心配してくれている。
『うん。本当にごめんね。私、楽しみにしていたんだけど……』
清香も楽しみにしていたので、自分にがっかりしている。明日は、奏さんからもらったワンピースを着て、星志君から教えてもらったメイクで、張り切って行くつもりだったのだ。
『楽しみにしててくれたなら、俺も嬉しいよ。今回は残念だけど、またいつでも行けるから。今は早く風邪直せよ』
『ありがとう。じゃあ、また大学でね』
『ああ、またな』
プツっと電話が切れて、なんだかとてつもなく寂しさを感じた。明日は、清香の二十歳の誕生日だ。二十歳の誕生日に一人だなんて……。
「ついてないな……」
虚しい独り言を呟き、清香はベッドの中に戻る。そして静かに目を閉じた。
翌日、目を覚ました清香は、枕元に置いていた体温計で熱を測る。出た数字を確認すると、36度台に下がっていた。平熱よりは若干高いけれど、体のだるさも取れていた。
ちょっとまだ、喉に違和感はあるけれど体調は問題なさそうだ。
熱が下がって良かった。昨日は、夕方にもう一度、成瀬さんが来て診察してくれた。その時もほとんど熱が下がっていたので、二、三日無理なく過ごせば大丈夫だと言われる。
しかも、夜ご飯まで作ってくれて、それをありがたくいただいた。
清香は、ベッドから出て起き上がると大きく伸びをした。昨日は、ご飯を食べる以外はほとんど寝ていた。東京に出てきて、あんなに一日何もしなかったのは始めてだ。
これなら、今日の涼太とのディナーも行けたなと思うけれど……。昨日の朝の時点では、どうなるかわからなかったから仕方がない。
とりあえず、成瀬さんと奏さんと星志君に、熱が下がりましたとメッセージを送る。それから、すっきりしたくてシャワーを浴びた。
お風呂から出て来ると、成瀬さんからメッセージの返事が来ていた。そこには、今日一日は大事を取って静かに過ごしなさいと書かれている。
今日は、夜は涼太とディナーに行く予定だったから、午後の仕事はお休みにしていたのだ。続けて、奏さんと星志君からのメッセージが届き確認すると、今日の仕事は無しでいいと書かれている。
「予定が無くなっちゃった……」
今日の予定が全く無くなった清香は、一気に手持ち無沙汰になる。普段、忙しくしているから、暇ができてもやることがない。
とりあえず、自分の為にちょっと手の込んだ朝食を作って食べたけれど、すぐに退屈になってしまう。何かしていないと落ち着かない清香は、テレビを見たり掃除機をかけたりついつい動く。
だけど、物が少ない家なので、掃除と言っても掃除機をかけるくらいしかやることがないのだが……。そこで清香は、あることを思いつく。
「そうだ。私、今日誕生日なんだった。二十歳なんじゃん」
自分を顧みて、今日からお酒が飲めるし親の同意がなくても何でもできるようになる。本当の意味で、実家から独立することも可能になった。
「全然、実感沸かないけど……。ケーキくらい買って来ようかな」
清香は、せめて自分くらいはお祝いしてもいい気がして、出かける準備を整えた。出かける前に、ここらへんで美味しそうなケーキ屋さんを検索した。いくつかヒットしたので、歩いて行けそうなところに決める。家の鍵を持って、玄関の扉を開けた。
すると、買い物袋を下げた星志君が帰って来ているところだった。
「あれ? 星志君、お買い物?」
「おい、清香、どこ行くんだよ?」
なぜだか、星志君は清香を見て驚いている。
「え? ちょっとケーキが食べたくなって……。買いに行こうと思ってたの」
「ケーキ? ちょっと待て。俺が買って来てやるから、今日は家にいろ」
「もう、熱は下がったから大丈夫だよ? 午前中もずっと家にいたし」
清香は、星志君が心配してくれているのだと思って大丈夫だと訴える。
「いや、そうじゃなくて……。とにかく、今日は家にいろ。外に出るな」
星志君は、そう言うと清香の腕を取って、今出て来た玄関に引き戻す。
「えっ? ちょっちょっと」
「いいから。じゃーな」
無情にも、清香の家の玄関の扉が閉められる。
「なんでよー」
清香は、玄関で絶叫してしまう。それでも仕方がなく、リビングに戻って肩に掛けていたトートバックを、テーブルの上に置いた。
「何もしてないから、お腹も空いてないし……。どうしよう……」
清香は、いよいよ何もすることがなくてぼーっとソファーに座る。正面にあるテレビを見ていて、そうだと閃いた。
「折角だから、映画でも見ればいいんだ。この前、いちさんから使い方教わったんだった」
二階にある、ホームシアターのことを思い出して使ってみようと思い立ったのだ。この前、いちさんから電話がかかって来た時に、たまたまホームシアターの話になったのだ。
それで、好きに使っていいと使い方を教わって、映画フィルムがある場所も教えてもらっていた。
階段を足早に上り、一番奥に位置するシアタールームに向かう。扉を開けて電気を付けると、映画館そのものの雰囲気にワクワクしてくる。
清香は、フィルムの入っている扉を開け見たい映画を選ぶ。扉の中には、アクションにホラー、恋愛ものと種類が豊富だ。迷った末に清香は、聞いたことがあるアクションものに手を伸ばす。
いちさんに教えてもらった手順で、フィルムをセットすると無事にスクリーンに映画が映し出された。家で、スクリーンの映画が見られるなんて、贅沢だと興奮してくる。
立派な、シアター用の椅子に腰かけると物語が始まった。
結局、清香は、お昼ご飯も食べずに、続けて二本の映画を見てしまった。アクション映画はドキドキハラハラで、劇中のサウンドが部屋のスピーカを通して響き臨場感が凄かった。
二作目に見た邦画のラブロマンスは、切なくて胸を締め付けられる話だったけれど、最後は見事ハッピーエンドで心が満たされた気がした。
しばらく、映画の余韻に浸っていたのだけれど、インターホンが鳴った気がして一階に降りた。すると、ピンポンピンポンと何度も鳴っている。画像を確認すると、星志君のドアップが写っていた。
「えっ? 何で、星志君?」
清香は急いで、玄関に向かった。扉を開けると、星志君が大きな声を出す。
「おい! 何で、電話に出ないんだよ!」
「え? あっ。ごめんさない。ずっと、ルームシアターで映画見てて」
「なんだよー。また、倒れてるのかと思った」
星志君が、かなり焦っていたのか安堵の表情だ。
「なんか、すみません」
清香は、よくわからないけれど、心配してくれたことはわかるのでとりあえず謝罪する。
「まーいいわ。でさ、もう体調は大丈夫なんだよな?」
星志君が仕切り直して、訊ねてくる。
「あー。はい。すっかり映画に夢中になっていたんですけど、多分もう大丈夫です」
清香は、自分の体のコンディションを確かめて答える。だるさはないし、喉の違和感もおさまっている。
「じゃあ、ちょっと俺の家に来いよ。一緒に夕飯食べよう」
星志君からの突然のお誘いに、清香はびっくりする。星志君が、一緒にご飯食べようだなんて一体何事だ? と疑ってしまった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
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明日でキリが良いので一旦終了です。
書きたいことはまだ沢山あるので、続きが書けたら投稿したいと思います。




