第三章その2
勝負を挑まれてから数日、魔動車の改良に勤しむアルバートの背中をナユタはただ見守っていた。
書類とにらめっこして研究しているイメージが強いアルバートだったが、実際には魔動車の制作も自分で行っているらしく、紙片に計算を書き付ける一方、鋸やノミを手にして木材と格闘している。
寝る間を惜しみ、鬼気迫る表情で作業に打ち込むアルバートに、ナユタは心配する事しかできない。
「アルバートさん、晩御飯できたよ」
作業の邪魔をしないように注意しつつ、ナユタは声をかける。
「ええ……はい……」
しかし返ってくるのは生返事だ。
「先に食べていて下さい。僕は後で食べますから」
「そんな事言って、昨日は晩御飯食べてないじゃないですか」
「すみません、寝てしまったので……」
はあ、とひとつため息をついて、ナユタは色々な物で埋め尽くされた床に何とか座り込む。
「あの……ナユタさん?」
「アルバートさんが食べてくれるまで、ここで待つから」
「え?」
「どうせまた作業に夢中で食べ忘れて寝ちゃうんでしょ? そうならないように見張るから」
「でもそれだとナユタさんも……」
ぐうっと、空気を読んだタイミングで腹の虫が鳴ったので、ナユタは赤面する。
「食べないと作業だって進まないし、怪我したりするかも知れないじゃない?」
「まあ確かに……」
「それより何より、一緒に食べた方がきっと美味しいから。ね?」
「………」
ナユタの熱心な言葉に、アルバートはふっと笑みをこぼす。
「解りました。今日は一緒に食べましょう?」
「本当に?」
「ええ。僕もすぐに行きますから、先に食堂で待っていて下さい」
「絶対よ? 絶対だからね?」
「はい。必ず」
「来なかったら呼びに行くからね?」
「ええ。そうならないように急ぎます」
苦笑するアルバートを残し、ナユタは食堂に戻る。
「ナユタ~~~お腹空いた~~~」
「………」
テーブルの上に突っ伏した姿勢で、アリスがごろごろと転がっていた。
ナユタは渋い顔になるが、つまみ食いしないだけマシなのかも知れない。
「手伝ってあげないの?」
ナユタだって木工仕事なら少しはできると手伝いを申し出たが、断わられた。
しかしアリスの知識ならもっと実質的な役に立てるのではないかと思うのだ。
「その必要はない」
アリスはにべもなく答える。
「この程度の障害を乗り越えられないようでは、どの道、アルバートの研究に未来はない」
「アリス」
ナユタは僅かに声を低くする。
「何を考えているの?」
「何を……とは?」
「イレーナ様を焚きつけたのはアリスなんでしょ?」
「………」
もっと早く気付くべきだったと、ナユタは唇を噛む。
工房を訪ねてきた時、イレーナは初めて会うはずのアリスに、驚くとか初めてらしいリアクションがなかった。
アリスなら、ナユタが城を訪ねた時点でイレーナの事を把握していたはずだし、ナユタに隠れてイレーナを訪ねる事も簡単だろう。
「それにルイスの姿もここ何日か見ていないんだけど……どこで何をしているの?」
「………」
ナユタの詰問に、アリスは沈黙を以て答える。
「ねえアリス……このままだとアルバートさんは勝負に負けて研究を続けられなくなっちゃうんじゃない? そうならないために何か手を打たないと……」
「手はすでに打ってある」
アリスは短く答える。
「ナユタは何も心配しなくていい」
「良いんだよね?」
ナユタはアリスの瞳を真っ直ぐに見詰める。
「良いんだよね? アリスの事、信じても……」
「………」
やはり返ってくるのは沈黙だけだった。
重く苦しい沈黙は、アルバートが食堂に顔を見せるまで続いた。




