第二章その9
夕食が終わり、後片付けを終えたナユタが戻ってくると、アルバートが一人で寛いでいた。
「いやあ、久々に人間らしい食事が出来ました。ナユタさんは料理上手ですね」
「はあ……どうもありがと」
アルバートは上機嫌だが、その言い回しは何だか微妙だ。
ナユタも自分の料理の腕が人並み程度でしかない事は自覚している。
「アルバートさんも少しは自分で料理するとか、人を雇うとかすればいいのに」
「研究をしているとどうも……他の事に時間を取られたくありませんし、人を雇う程お金の余裕もありませんし」
「そういう物なのね……」
しかし食事を終えるとすぐに研究に戻るアリスを見ると納得できる気がする。
料理とかすると気が紛れるんだけどなあ。
「アリスさんは凄いですね」
アルバートがぽつりと漏らす。
「僕はもうくたくたなのに、アリスさんは朝からずっと資料と首っ引きですよ。ほっといたら本当に寝食を忘れて研究に没頭するんじゃないですか?」
「ははは……」
ナユタは乾いた笑いを浮かべる。
実際、ナユタは食事の時間だから、寝る時間だからと資料を取り上げた事が何度もあった。
「あの、アルバートさん」
「何ですか?」
「これからもアリスと仲良くしてもらえますか?」
「どうしたんですか? 急に改まって」
「しばらくアリスと一緒に旅をしてきたけど、あんなに何かに目を輝かせているアリスを見るのは初めてなの」
ナユタは伏し目がちに語る。
「アリスは頭が良いから……やっぱり私みたいな田舎娘じゃダメみたい。アルバートさんみたいに頭が良い人じゃないと、アリスもつまらないんじゃないかな?」
「……本気で言っているんですか?」
「え?」
同意を得られるかと思いきや、初めて聞くアルバートの厳しい声が返ってくる。
「ナユタさんの目には対等に話しているように見えるかも知れませんが、本当は違います。アリスさんの膨大な知識と斬新な発想に、いつも打ちのめされる思いです。魔導炉の知識こそ最初は持っていませんでしたが……やがてそれももうすぐ追い付き、追い越される事でしょう。そうすれば内容を諳んじるまで読み尽くした本を捨てるように、私の元も去って行く事でしょう」
「そんな……」
「教えて下さい、ナユタさん。アリスさんは今までどんな世界で生き、どんな勉強をしてきたのですか? 私はアリスさんが恐い。アリスさんの世界の隅々までも知り尽くしたような膨大な知識が恐い。アリスさんと話をしていると、時々気が狂いそうになります」
「で、でも……! あれで普通の女の子みたいな面もあるから……」
「それなら、ナユタさんでも良いのではないですか?」
「………」
「私はアリスさんの知識に目が眩んで、普通の女の子らしい面なんて見付けられません。ナユタさんの方が余程アリスさんの事を見ているから仲良くしてやってくれ、なんて誰かに頼めるんです」
「う、うん……」
「それに、アリスさんの旅の道連れは私じゃなく、ナユタさんなんです。どうしてそうなったか私は知りませんが、そこにはきっと何か意味があると思うんです」
「………」
「ナユタさん、あなたにとってのアリスさんはどんな存在なのですか?」
「私にとっての……アリスは……」
ナユタは返答に窮する。
胸を張って、堂々と言える言葉が見付からなかった。




