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妄執世界のアリス  作者: 千里万里
第三部 産業革命の予兆
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第二章その7

「まず城に行きましょう。そこで魔動車を預かってもらいますから、ナユタさんは市場で買い物をして、終わったら城に戻ってきて下さい」

「あ、うん。解ったわ」

 ナユタは何気なく頷いてから、首を捻る。

 魔動車を預かってもらう?

 城でそんなサービスをしているのかな?

「城の人間には話しておきますから、荷物が多くなったら魔動車に積んでまた買い物してきてもいいし、買い物が終わったら魔動車で待つなりしてもいいですよ」

「はあ……」

 城の人相手に、随分と気安いなあ、とナユタが思っていると、魔動車は城門の前に着いた。

 槍を構えた門衛達が立っていたが、魔動車に気付くと、姿勢を正す。

「これはアルバート様! 今日はご登城の日でしたか!」

「お待ちしておりました! ささっ、奥へどうぞ!」

「ご苦労様です。いつも言ってますが、そう堅くならないで下さい」

 門衛達が空けた道を、魔動車は滑らかに進んで行く。

「もしかしてアルバートさん、偉い人なの?」

「身分という意味でなら、そんな事ないですよ? 私は魔法も使えませんし」

「ふーん」

「ただ国王陛下のご相談に乗ったり、魔動車の研究の資金を出してもらったりしているだけで」

「へー」

「今日もそういう用事で国王陛下に会いに来たんですよ」

「ほー」

「あのう、ナユタさん?」

「何?」

「あんまり驚いてないみたいですね?」

「ああ、うん、昔、色々とあったからね……」

 ナユタは遠い目などして、しみじみと言ってみる。

 思い返してみると、酒場で酔っ払いに絡まれた所を助けられたら領主だったり、田舎町で子供を助けてみたら皇太子殿下だったり、普通に村娘をやっていたら絶対に遭遇しないような目に遭ってきて、その度に驚きの声を上げてきたのだ。

「今さらその程度の事で驚いたりしないわよ」

「はあ……?」

「いつまでも子供のままじゃいられないって事よね……」

「何があったんですか? ナユタさん!」

 そうこうしている内に魔動車は厩舎のある一角に着いた。

 たくさん並んだ馬車と一緒に魔動車も停め、降りた時だった。

「アルバート!」

 明るく弾んだ少女の声に、名を呼ばれたアルバートのみならずナユタも一緒に振り返る。

 そこには高価そうなドレスを着た少女が立っていた。

 両腕を広げて満面の笑みでアルバートに駆け寄る。

「会いたかったわ! 来てくれるなら迎えをよこしたのに……! ってその女は誰よ!」

 と思ったら、今度は眉を釣り上げてナユタを指差してくる。

 ナユタは驚きもせず、アルバートを見上げる。

「アルバートさん、こちらの方は?」

「国王陛下の娘で、イレーナさんです」

「ふ~ん。お姫様なんだ……あ、私、ナユタって言います。よろしくお願いします」

「これはどうも。こちらこそよろしく……って違うわよ! どうして仲良くしてるのよ!」

 丁寧にお辞儀するナユタに釣られて同じようにお辞儀するイレーナだったが、思い出したように怒り出す。

「私はこれでもお姫様なのよ! どうして驚かないの? 恐れ入らないの? まさか高貴な身分なの?」

「いえ、ただの村娘ですけど」

「むきーっ! ならこれを見なさい!」

 イレーナは二の腕と同じくらいの長さの杖のような物と、金属製のスプーンを取り出した。

 どうやらドレスの腰の部分に取り付けられるようになっているらしい。

「さあ、これを持って」

「え? え?」

 イレーナはスプーンをナユタの手に押し付けると、目の高さくらいに掲げて持たせる。

 そして自分は杖を両手でしっかりと握り締める。

「いい? 目を見開いてよく見てなさい?」

「う、うん」

 イレーナは杖の先をスプーンに向けると、ナユタには理解できない言葉をぶつぶつと呟く。

「あ、あの……」

 それがしばらく続いた物だから、ナユタも段々と不安になってくる。

 そこに。

「きえええええっっっっっ!!!!!」

「ひっ!」

 イレーナが奇声を上げて、ナユタは思わず仰け反ってしまう。

 するとナユタが持っていたスプーンが力を込められていないのに、ぐにーっと曲がっていく。

 直角に曲がったスプーンを手に、ナユタは驚きの声を上げる。

「おおー。すごいすごい」

「はあっ、はあっ……どう……かしら……? 私の……実力は……理解したかしら? 恐れおののいても……いいのよ?」

 荒い息の中から、それでもイレーナは精一杯胸を張る。

「えいっ」

「はうっ」

 しかしナユタは無情にもイレーナにチョップを叩き込む。

「な、何をするのですか!」

「食器で遊んじゃダメじゃないですか! ご両親に教わらなかったんですか?」

「そこなの!」

「っていうか、こんな手品のためにいつも杖とスプーンを持ち歩いてるんですか? わざわざドレスの腰にくくりつけて?」

「いいじゃない! 別に! それと手品じゃないわよ! 魔法よ!」

「えいっ」

 ナユタが指をかけて力を込めると、スプーンは元通り真っ直ぐになる。

「ああっ! せっかく曲げたのに!」

「大体こんなの、力を込めれば簡単に曲げられるじゃないですか」

「手を触れないで! 魔法で! 曲げるから! すごいのよ! ……げほげほ」

 イレーナは力説する。

 しかし力説しすぎて咳き込んでしまう。

「大丈夫? 少し落ち着いた方がいいですよ?」

「あ、ありがとう……じゃなくて! 誰のせいだと思っているのよ! あなた! 私の魔法を見て、どうして冷静でいられるのよ! この国の人間なら誰だって驚きつつ誉めてくれるのに!」

「いや、私、この国の人間じゃないですから」

「ぐ、ぐぬぬ……アルバート! あなたもこの生意気な娘に何か言ってやりなさい!」

 しかしイレーナの言葉に返事をする者はいない。

「あれ? アルバートは?」

「アルバートさんなら、イレーナさんが呪文? を唱えている間に『いやあ、二人はすっかり仲良しですね。長くなりそうですし、私は陛下の所に行ってきますから』とか言って、さっさと行っちゃいましたけど?」

「何ですって? くっ、また逃げられた……!」

「また……なの?」

「アルバート! 待ちなさあああああい!」

 イレーナは物凄い勢いで城の方に走って行く。

「あー、がんばってー……お姫様も大変そうねー」

 ナユタは力なく見送りつつ、月並みな感想を抱いた。

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