第二章その4
「退屈ねえ」
「退屈なんですか?」
「退屈なのよ」
「退屈なんですねえ」
ナユタとルイスは頬杖をついて、他愛もない会話を交わす。
二人の視線の先では、今もアリスとアルバートが魔動車の話で盛り上がっている。
正直、馬がいらない馬車? というだけで盛り上がれる二人がナユタには理解できないし、まして話に加わろうものならすぐに知恵熱を出す事だろう。
「ルイスは退屈じゃないの?」
「退屈は退屈ですけど、僕は人間と違って退屈を苦痛に感じるようにはできていませんから」
「うわ何それずるい」
「必要なら百年、千年だって待機状態でいる事が可能です」
「いやそこまでしなくても」
ルイスとの会話も、それはそれで頭痛を感じる物だった。
「ところでさ」
「何でしょう?」
「アリスって友達いないのかな?」
「どうしてそのような質問を?」
「いや、だってさあ、あんなにはしゃいでるアリス、初めて見たから」
決して短くない時間を共に過ごしているのに、あんなに嬉しそうな……嬉しそうな?
いつも無表情だから解りづらいけど、それでも食事の時なんかは目を輝かせている時がある。
それくらいは解るようになったが、あんな風にアリスをはしゃがせる事はナユタには出来ない。
悔しいけど、それが現実だ。
「質問の意図を測りかねます」
ルイスはにべもなく答える。
「一言で友達といっても定義は様々です。一言二言会話をしただけで友達と思う人もいれば、金銭を無心する時だけ友達になる人だっています。あるいは対象のためなら命だって犠牲にする覚悟をする人だっているでしょう」
「………」
「私のような人工知能は曖昧な概念を判断基準にするのが苦手なのです」
「うわ、七面倒くさ」
ナユタは露骨に顔をしかめる。
「要するにあんたに質問した私がバカだったって事なんでしょ?」
「もっとも、私に搭載された人工知能TYPE-ALICEは人間以上に柔軟な思考を実現したからこそのTYPE-ALICEなので、そのような質問にも難なく回答する事が出来るのですが」
「だったら早く答えなさいよ!」
「質問者がナユタさんである事を考慮に入れるのなら……」
ルイスは答える。
「アリスには友達がいないと答えるのが正解と言えるでしょう」
「そ、そっかー」
質問者が自分である事を前提にする意味は解らないが……いない、という答えにナユタは嘆息する。
ナユタはルイスの元を離れ、てくてくとアルバートの方に歩いて行く。
「あの、アルバートさん」
「ナユタさん。どうかしましたか? ああ、もしかして退屈してましたか?」
「いえ、そうじゃなくて……確かに退屈はしてたけど……これからしばらくお世話になるなら、料理くらいしようかなと……」
「え? いいんですよ? そんな気を使わなくても……」
「私がしたいの。私が」
ナユタは強く主張する。
仕事があれば退屈しのぎにはなるし、それ以上に自分の食生活を改善したい。
「そうですか……? いえ、こちらからお願いしたいくらいですけど……」
「よし、じゃあ決まりね。ねえアリス。一緒に買い物に行かない? 食材を揃えないと始まらないし、街も見てみたいでしょ?」
「………」
「アリス? 聞いてる?」
「今、忙しい。後にして」
アリスは手にした資料から目を離そうともしない。
ナユタはむっと頬を膨らませる。
「そんな事言わないで。きっと楽しいよ?」
ナユタはなおも説得にかかるが、アルバートが割って入る。
「じゃあナユタさん、私と行きましょうか。私も用事がありますから、魔動車で送りますよ」
「あー……うん……じゃあそうしようかな……」
ナユタは不承不承、うなずく。
本当はアリスと二人っきりで話したい事があったのだが……まあ成り行き上、こうなってしまったからには仕方ない。
できる事をやろう。
「じゃあアリス。行ってくるね」
「………」
やはり返事はなかった。




