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妄執世界のアリス  作者: 千里万里
第三部 産業革命の予兆
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第二章その2

 というわけで、ナユタ達はアルバートの工房を見学させてもらう事になった。

 四人を乗せた魔動車はがたごとと道を進んで行く。

 スピードで言えば馬車とそう大差はない。

 しかし目の前に馬車を曳く馬がいないから見晴らしがいいし、馬の臭いがしないから快適だと、ナユタは思った。

「ほほう、ラルダーン帝国から……この魔法立国ルナルディンまでは大変な旅路だったでしょう」

「ええ、まあ……」

 魔動車を操縦しながら上機嫌で世間話に興じるアルバートに、ナユタは適当に相槌を打つ。

 急ぎ過ぎてほとんど何も覚えていないけど。

 っていうかここ、魔法立国? ルナルディン? っていうんだ。

「帝国からなら徒歩で半月くらいでしょうか」

「………」

 その半分くらいでした。

 誰かさんが急がせたせいで。

 そのアリスさんはというと、アルバートとナユタが御者台に並んで座っている後ろ、荷台の辺りで動力源を調べているのか、四つん這いになってお尻ふりふりして、ちょっと男性諸氏には目に毒な感じになっている。

 アルバートが操縦に集中して前しか見ていないから助かっているけど。

「そ、そう言えばルナルディン……? ってどんな国なの?」

「ここルナルディンは元々、魔法使い達が中心になって作った国です」

「魔法使い……? 童話に出てくるような……?」

 ナユタは手に長い杖を持った老人を思い浮かべる。

「まあそのイメージで概ね間違いではありませんが……」

「本当にいたんだ……魔法使い……」

 感慨深く瞳を輝かせるナユタだが、アルバートは苦笑を浮かべる。

「今もいますけどね。魔法使い」

「え? そうなの?」

「もっとも、技術が失われて今では大した事はできませんが……今でも国王や貴族は代々魔法使いの家系ですし、上級の役人になるには魔法を使える事が条件です」

「ふ~ん……」

「昔の魔法使いが作った魔法が各地に残っていますよ」

「へえ~それは見てみたいかも」

 ナユタが瞳をきらきらさせていると。

「何を言っているんですか。ナユタさんは一度だけ使った事があるじゃないですか」

「へ?」

 アリスと一緒に後ろの荷台にいたルイスがいきなり話に割り込んできて、ナユタは間の抜けた声を上げる。

「ダルトン氏が治めていた街で、転送の魔法陣を使ったじゃないですか」

「ああ、そう言えば……」

 そんな事もあったっけ、と続ける前に、アルバートが猛烈な勢いで食いついてくる。

「それは本当ですか!」

「ひっ!」

「実は私、古代の魔法遺産の研究もしているんですよ! それはどこにあるんですか? どんな様子でした? 使ってみてどうでした?」

「あ、あの……! ほとんど騙されて使ったような物だし……よく覚えてないの……!」

「そうですか……それは残念です……」

 あー、びっくりした。

 いきなり両手を握って鼻がくっつくくらいに顔を近付けてくるから、思わずどきどきしてしまった。

 頬をわずかに赤く染め、高鳴る心臓を抑えるように胸に手を当てる。

「ところでナユタさん」

 アルバートは声を低く抑えて、ナユタの耳にささやきかける。

 まるで荷台にいる二人に内緒にするように。

「あのルイスさん……でしたっけ? お二人とはどんな関係なんですか?」

「関係……? ああ、アリスの……何だっけ? 従者とか何とか言ってたような……」

「お二人の内のどちらかとお付き合いしているとか……?

「………」

「……じゃないみたいですね」

 アルバートはそっと視線を逸らす。

 何も言わないのにどうして思っている事が伝わったんだろう?

 謎だ。

「でも良かった」

 アルバートが口元を緩める。

「せっかく素敵な女性と知り合えたんです。彼氏がいたらがっかりじゃないですか」

 などと恥ずかしい台詞を臆面もなくのたまうアルバート。

「………」

 素敵な女性?

 誰の事だろう?

 生まれてこの方、素敵だなんて言われた事は一度もないし……。

 ああ、アリスの事か。

 確かにアリスは同性の目から見ても綺麗だし。

 アルバートはえいやっと、床から生えているT字形の棒を動かす。

 すると道に沿って魔動車は進む向きを変える。

「見えてきました。あれが私の工房です」

 進む先に、木造の大きな建物があった。

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