終章
ローマ帝国第五代皇帝ネロ。
名君と暴君を交互に輩出したローマ帝国において、暴君の側を代表する人物である。
母の尽力もあって若くして皇帝に即位したが、後に母の干渉を疎ましく思うようになり、その母を始め多くの人物を粛清するなど、強権的で多くの悪政を敷いた事で知られる。
もしルイーザがマティアスとナユタの仲を認めていたら?
もし城を出る事を決意したナユタがマティアスと会ってきちんと別れを告げていれば?
もし手紙の一部を書き換えなかったら?
もし部屋に閉じ籠もったマティアスに、ルイーザが優しく接したら……?
名君となる道は幾つもあったが、ことごとく暴君への道を選んだ。
マティアスなら暴君として名高いネロをも上回る暴君になると、アリスの未来予測は告げている。
皇帝の命令に逆らう者は全て排除され、その命令一下、ナユタという少女を求めるだけのシステムに、ラルダーン帝国は作り替えられるだろう。
それこそアリスが求める暴虐の覇王。
全ての権力は一人の皇帝の元に集中し、人々の自由は著しく制限され、文明の発展は阻害される……それこそが人類の滅亡を少しでも遠ざける道だと、アリスは知っている。
ナユタが果たした役割は当初、アリス自身が務めるつもりだった。
しかしナユタが果たすよう仕向けた結果、アリス自身が務めるより望ましい数値を叩き出した。
人魚姫の例え話をした時、ナユタは自分が人魚姫で、マティアスが王子だと思った。
しかし本当はそうではない。
マティアスが人魚姫で、ナユタが王子なのだ。
人魚姫が王子を求めて自分の声を捧げて人間の足を手に入れたように、マティアスはナユタを求めて、必要ならどんな物でも捧げていく事だろう。
大切な姉も、ナユタがくれた優しさも、強さも、何もかも火にくべてしまうだろう。
ナユタが育てた化け物が、ナユタを奪い取るため、帝国を、この世界その物を焼き尽くし、蹂躙する事だろう……。
「アリス! 無事だった?」
ナユタとルイスが待つ集合場所が見えてきた所で、大きく手を振ってナユタが走ってきた。
「ナユタ……?」
「ごめんね。私が我が儘を言ったばかりに……危ない目に遭わなかった? 怪我とかしなかった?」
「それは……なかった……」
「良かった……アリスが無事で……」
ナユタは涙ぐんでアリスを抱き締める。
「僕が行ってたらナユタさん、心配しないですよね?」
「うん。だってルイスは強いし、心配するだけ無駄じゃない」
あっけらかんと言うナユタ。
「じゃあ行きましょうか。早くここを離れて宿がある街まで行かないと」
ナユタはアリスの手を引いて歩き出す。
「あ、そうだ。手紙は渡せた?」
「うん。それは……」
「良かった……本当にありがとう。アリス……あ、そうだ。マー君の様子はどうだった? 元気だったかな?」
「ごめんなさい……」
「え? 何?」
突然の謝罪の言葉にナユタは驚く。
「本当に……ごめんなさい……」
「ねえアリス……? 手を握るのは良いんだけど、あんまり強く握られると痛いんだけど……」
アリスはナユタの手を両手で握り込み、強く握って放さない。
まるで手を放すとそのまま迷子になってしまう事を恐れる幼子のように。
そうでもしていないと、罪悪感に押し潰されて歩けなくなってしまいそうだったから。
「ねえアリス? 大丈夫なの? 顔色が良くないみたいだけど……?」
ナユタは決して手を振り解こうとはしない。
逆にアリスの事を心配してくる。
そんなナユタだからこそ、決して教えられない。
いずれ動乱が世界を飲み込むまでに、必ず知れる事だとしても。
世界影響指数、ラルダーン帝国皇帝マティアス、マイナス九十九・九九ポイント……。




