第四章その3
ナユタが城を出て、三日が過ぎた。
強く望んだ日がやっと訪れたというのに、ルイーザの憂鬱は未だに晴れない。
ナユタがいなくなった直後、マティアスはナユタ達が使っていた部屋に閉じ籠もってしまったのだ。
周囲には体調を崩したと言っているが、長くは誤魔化せない。
政務は滞るし、心配する者も不審に思う者も出てくる。
「マティアス! マティアス! 出てきなさい! 皇帝であるあなたには、帝国のために働く義務があるのですよ!」
甘く見ていた。
麻疹のような物だと思っていた。
ナユタがいなくなっても時間が全てを解決し、弟はすぐに傷心から立ち直り、姉である自分に甘えてくると思っていた。
しかし現実は違った。
マティアスが胸に懐いていたナユタへの想いは、ルイーザの想像以上だった。
弟を傷付けたという、後悔の念はある。
しかしそれ以上に怒りがルイーザを支配していた。
弟の将来を思い、帝国の未来を憂いて行なった事なのだ。
自分の思った通りにいかない現実に、自分の苦労を解ろうとしない弟に、苛立ちは募るばかりだ。
そしてこの日、ルイーザはついに強硬手段を選んだ。
「マティアス! 開けますよ!」
ルイーザは用意してきた合鍵で部屋のドアを開ける。
カーテンが閉められた薄暗い部屋の中、ベッドのひとつが膨らんでいるのを見て、ルイーザの頭にかっと血が上る。
大股に歩み寄ると、毛布に手をかける。
「マティアス! いつまでめそめそしているのですか! しゃきっとしなさい!」
しかし内側からしっかり握っているのか、毛布は引っ張ってもびくともしない。
「マティアス! あなたは偉大なラルダーン帝国の皇帝なのですよ! 女が一人いなくなったくらいでいつまでも泣き続ける事が許されると思っているのですか!」
「………」
「しっかりなさい! そんな情けない事だから、ナユタとかいう女もあなたを見捨てたのですよ! ええ、きっとそうに違いありません!」
その言葉に、毛布を掴む手が僅かに緩む。
ルイーザは調子に乗って言葉を続ける。
「所詮はその程度の女だったという事です! 本気であなたの事を想っていないから、あなたに何も言わずに城を出て行ったのです! あんな女の事はさっさと忘れなさい! あなたにはもっと相応しい相手が……」
「ナユタを悪く言うのは許さん!」
マティアスが立ち上がって手首を閃かせると、ルイーザの頬が音高く鳴った。




