第三章その12
その頃、ルイーザは一人の珍しい客を自室に迎え入れていた。
「こんな時間に何の用ですの?」
ルイーザは不機嫌さを隠そうともしない。
「いつもは殿方を部屋に入れたりはしないのです。それだけの価値はあるお話なのでしょうね?」
気の弱い者なら圧倒され、萎縮して何も話せなくなるような威圧的な物言いだが、相対する赤毛の男は酷薄な笑みを崩さない。
「そうやって自分の優位を確かめないと、高貴な方は世間話も出来ないんですかね?」
「何ですって?」
「あなたは偉大なラルダーン帝国皇帝の姉だとしても、僕はアリスの従者。アリス以外に従うつもりはありません。だからあなたと僕は対等。違いますか?」
「何をいけしゃあしゃあと……!」
「それが嫌なら最初から部屋に入れなければ良かったのではありませんか? 今からでも遅くはない、衛兵を呼んで僕を摘まみ出す事だって出来るでしょう?」
「………」
「でもあなたにはそれを出来ない事情がある。ナユタさんの事で打開策を持っているかも知れない僕の事を無視する訳にはいかない。違いますか?」
ルイーザはこれまでルイスというこの男と、ほとんど言葉を交した事がなかったし、興味を引く事もなかった。
しかしこれからは要注意人物として記憶に留めておかなければいけないと思い始めていた。
「ナユタさんの事が邪魔なら、力尽くで追い出せばいいのではありませんか?」
「そんな事……」
「出来るはずがない。たった一人の弟の不興を買う訳にはいきませんからね」
「………」
「僕らだって困っているんです。アリスはさっさとこの城を出たいのに、ナユタさんが駄々をこねるので出来ないでいる」
「ならどうしろと?」
「兵を動かしていただきたい」
ルイスの提案を、ルイーザは鼻で笑う。
「だからそんな乱暴な真似、出来る訳ないと……」
「ナユタさんが出て行かないのは、あなたを舐めているからです」
「……なんですって?」
ルイーザの眉がぴくりと跳ね上がる。
「私を、舐めている、ですって? 少しばかりマティアスに気に入られただけで、小娘風情が、ラルダーン帝国の皇族である、この私を?」
「ナユタさんだって解っているんです。いずれここを出ないといけないという事は。だけどどうせ弟に嫌われるのが恐くて何も出来ないと高をくくり、答えを先延ばしにしているのです」
「許せない……あの小娘……絶対に許さない……!」
ルイーザの怒りが燃え上がる。
人の良さそうな、何も知らない田舎娘を演じながら、内心では皇帝の姉である自分を嘲笑う狡猾な小娘だったのか!
使用人などが側にいれば、とばっちりを恐れて縮み上がるに違いない。
しかしルイスは恐れるという事を知らない。
そういう風には設計されていない。
「しかし……悔しいですが何も出来ないというのも事実……」
苦々しく認めざるを得ない。
皇族としての矜持と弟マティアスの存在は、ルイーザにとって全ての規範であり、行動原理であり、また原動力でもある。
それをなくしては、ルイーザは自分がどこにいるのか、どこに向かえばいいのかさえ解らなくなる。
一見、善良そうなナユタという小娘に、自分の存在その物を人質に取られたような物だ。
「バレなければいい……そうは思いませんか」
「……え?」
あっけらかんとしたルイスの言葉に、ルイーザは日頃の優美さも忘れて間の抜けた声を上げる。
「マティアス陛下がお休みになっている深夜に、少数の兵だけ連れてくればいいのです。ルイーザ様の本気を見れば、ナユタさんだってすぐに白旗を揚げます。もちろん、アリスと僕も説得させていただきます」
「それで本当に上手く行くのですか?」
ルイーザはまだ疑いを捨て切れない。
「もちろん上手く行きますよ。それとも……」
ルイスが口元に薄い笑みを閃かせる。
「どこの馬の骨とも知れない小娘が皇帝の心を奪い、偉大なラルダーン帝国を内側から食らい尽くし、骨抜きにするのを指を咥えて見ているのですか?」
「………」
ルイーザは答えない。
怒りを露わにする事もない。
ただ暗い炎が揺れる瞳を床の一点に向けている。
その胸の内でどのような葛藤が渦巻いているか、人ならぬ身であるルイスに窺い知る術はない。
それでも自らの謀が成功した事を、ルイスは確信していた。




