第二章その10
一行はさっさと農園を離れた。
「なんなのだ! あの男は!」
マティアスが一人、憤慨している。
「ただ通りすがりの者に少しばかり親切にしただけではないか! それなのに鞭を振るうなどやり過ぎではないか!」
「………」
少しばかり頭を冷やしたナユタは、マティアスにかける言葉を見付け出せずにいた。
声をかけたのは自分なのだ。
だからこの事態への責任は自分にあると言わざるを得ないのだが……。
「確かにやり過ぎという感は否めない」
アリスが静かに話し始める。
「しかし法的には女性は農園主の所有物であり、ある程度の乱暴な行ないは慣習的に許されている。鞭を振るったと言っても、女性の身体に当てて暴行を加えた訳ではない事に留意しなければならない」
「………」
「二人が手にしているオレンジも、本来の所有者は農園主であり、あの女性ではない。勝手に他人に譲渡したのは窃盗に該当する」
「あの女が世話していたオレンジではないか!」
「それは関係ない。あくまでも農園主の所有物」
「だからといって鞭を振るうというのは……!」
「鞭を振るわなければ、恐らくあの男性の方が何らかの形で罰を受けていたと想像される。あの男は農園労働者の管理監督を任されていたはずなのだから」
「………」
「そしてそれらは全てラルダーン帝国の法律に則っている」
「………」
マティアスは俯き、悔しげに唇を噛み締める。
「余は皇太子なのに……何も出来ないというのか……!」
「ふーん」
そんなマティアスをナユタは微笑ましく思い、暖かい笑みを浮かべる。
「マー君は優しいんだ」
「え? な、何? 余が優しい……だと?」
マティアスは戸惑って顔を赤くする。
「だってそうじゃない。見も知らないおばさんのために怒っているんでしょ? 優しいと言わずに何と言えばいいの?」
「そ、それは……」
「マー君は皇太子殿下で、未来の皇帝陛下なんでしょ? 皇帝に即位したら、法律なんて変えちゃえばいいじゃない! 農園の労働者に優しくしなさいって!」
「な、なるほど……!」
「マー君はきっと国民思いの優しい、みんなに愛される皇帝になるよ! うん、そうに違いない! この私が保証する!」
「そ、そうか……! そうすればいいのか……!」
マティアスは瞳をきらきらと輝かせる。
無力感に苛まれていた少年の姿はもうない。
ナユタと手を取り合い、喜んでいる。
「優しい、ですか……」
ルイスが皮肉な笑みを浮かべる。
「そう見えているんでしょうね。ナユタさんには」
「………」
ルイスの酷薄な言葉に、アリスは答えない。
ただ悲しげに、無邪気に喜ぶナユタとマティアスを見ていた。




