第二章その7
翌朝、一行は村を出て街道を歩いていた。
「ナユタ~~~余は疲れたぞ~~~」
先頭を行くナユタの後ろから、今にも死にそうな声が聞こえてくる。
「何を言ってるのよ。まだ歩き始めたばかりじゃない」
「何が歩き始めたばかり、だ! もうすぐ昼ではないか!」
「はいはい。じゃあお昼までがんばろーねー」
ナユタはまるで取り合おうとはしない。
「ナ~~~ユ~~~タ~~~足が痛くなってきたぞ~~~」
「痛みがあるのはまだ足が繋がっている証拠だから。文句言わずに歩いた歩いた」
「ナユタは酷い……鬼のようだ……」
「年頃の女の子に向かって鬼とは酷いわね。お姉さんを助けるんでしょう? がんばって歩きなさい」
「最初から馬車を手配していれば良かったではないか。そうすれば足も痛くならないし、早く着くし」
「ああ言えばこう言う……」
ナユタはため息をつく。
「そうね……じゃあ少し早いけどお昼にしようか」
「やった!」
「そこの河原に座りましょうか」
一行は道沿いの河原に降りていく。
横一列に並んで座ると、ナユタとマティアスは持ってきていた昼食を広げる。
「………」
「どうしたの?」
「アリスとルイスは食べぬのか?」
「あの二人はいいんだって。食べなくても」
「そうなのか? 本当に大丈夫なのか? 分けてやらんからな?」
「未来の皇帝陛下がみみっちい……」
「うるさい。このパンは皇室の財産だ。何人にも分け与え……あっ」
マティアスの膝の上からパンが落ちる。
パンは斜面の上を跳ね、転がっていくと、ぽちゃんと音を立てて川面を揺らした。
突然のご馳走に喜んでいるのか、たちまち川魚が集まってきてばしゃばしゃと暴れ回る。
「ああっ……余のパンが……! 余のパンがっ……!」
「うわあ。魚にパンを分けてあげるなんて、未来の皇帝陛下は慈悲深い事で」
「う、うるさい!」
ナユタが棒読みで言う嫌味に、マティアスは顔を真っ赤にする。
「これが本当のパンがなければケーキを食べればという奴ですかね?」
ルイスが妙な事を言い出すので。
「ケーキなんてないわよ?」
ナユタが言うと。
「ナユタ、そういう意味ではない……」
「???」
アリスに諭すように言われたので、ナユタは首を捻った。
「パンが……パンが……」
未来の皇帝陛下は今にも泣き出しそうな顔で川面を凝視しているので、ナユタはため息をつく。
自分のパンを半分に千切ると、二つの欠片を見比べて幾らか大きい方をマティアスに差し出す。
「ほら、分けてあげる。食べなさい」
「よ、良いのか……? それはナユタの分ではないのか?」
「いいのよ。私はそんなにお腹空いてないし」
と言った瞬間、ナユタのお腹がぐうっと音を立てる。
「やはりナユタも腹が減っているのではないか。意地汚い腹だな」
「さっきまで泣きベソかいてたマー君に言われたくないわよ」
「な、泣いてなどおらんわ!」
怒鳴った後、マティアスは急にしんみりとした顔になる。
「ナユタはすぐ意地悪するし、厳しいから、余の事が嫌いだと思っていたのだが……」
「あー、そんな風に思ってたの?」
ナユタは苦笑して、照れくさそうに頬を指でかく。
「嫌いだったら助けたりしないし、一緒に旅もしない。マー君なんて呼び方もしないわよ」
「そうなのか?」
「そうよ。マー君が意地悪とか厳しいと思っていた事は、みんなマー君のためだと思ってやっていた事なんだけど……嫌われていると思われていたのなら、私のやり方が良くなかったのかしら?」
「そ、そのような事はないと思うぞ?」
マティアスは分けてもらったパンに齧り付く。
「うむ、今まで食べたパンの中で一番美味であるかも知れぬ」
「大袈裟だなあ」
ナユタも笑ってパンに齧り付く。
二人は顔を見合わせて笑い合った。




