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妄執世界のアリス  作者: 千里万里
第二部 少年皇帝の岐路
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第二章その5

 翌朝、ナユタとアリスが一階の酒場に降りてくると、すでにマティアスとルイスが待っていた。

「………」

 疲労もあるのだろうが、不安そうな目でこちらを見てくるマティアス。

 ふうっとナユタはため息をつく。

 まあやっぱり……放っておく訳には行かないよね。

 ナユタの偽らざる本音だった。

「皇太子殿下、ぜひ殿下のお手伝いをさせていただきたいと思いますが、ひとつ条件があります」

「む? なんだ? 褒美が欲しいのか?」

「いえ、私は褒美が欲しくて殿下をお助けするのではありません。純粋に殿下のためを思い、殿下をお助けしたいと思っているのです」

「そうか……無欲な奴だな……で、条件とは何だ?」

「私が決めた方針に従っていただきたいのです」

 ナユタは言う。

「それさえ守っていただければ、殿下を必ずヴィートコフ山の山頂に送り届け、帝都までの帰路もお供させていただきます」

「そんな事でいいのか? よし、解った。委細、そなたに任す」

 マティアスは安心したようにぽんと膝を打つ。

「アリスとルイスもそれでいいのよね? 何の相談もなしに勝手に決めちゃったけど……」

「ナユタがいいと思うようにするといい」

「アリスが決めたのなら」

 二人も賛同してくれたので、ナユタはほっと胸を撫で下ろす。

 しかし心の中でまで安心しきる訳にはいかない。

 アリスとルイスはかつてダルトンを死に追いやろうとした事があったのだ。

 マティアスを守ろうとした事から、その命を積極的に狙っている訳ではないのだろうが、何かを企んでいるのは間違いない。

 その目的は判然としないし、それが正しいかどうかもこれからナユタ自身が見極めなければならないのだ。

 表面上は親しく接しても、決して心を許していい相手ではない。

「よし、そうと決まれば早速、馬車を手配して霊峰ヴィートコフ山へ急ごうではないか」

「………」

 マティアスは勢い込んで言うが、ナユタは顎に指を当てて、うーんと首を捻る。

「マー君……」

「は?」

「マー君。うん、それでいい。それでいこう。いやだって、皇太子殿下とかマティアス様とかって長いし言いづらいし、マー君の方がいいでしょ?」

「いや……それはしかし……」

「あら? さっき、委細は任せる、だっけ? 私が決めた方針に従うって言ったよね? あれは嘘だったの?」

「う、嘘ではないが……しかし……うむむ……」

「それと、馬車は使わないわ。歩いて行く事にするから」

「え? あ、歩いて?」

「旅程はゆっくり、かつ確実をモットーに。半日進めば半日休み、一日進めば一日休む、を特別な事情がない限り、という風に行くから」

「な、ならぬ! 帝都では姉上の身が危険に晒されているのだ! 旅を急がねばならぬのだ!」

「マー君。落ち着いて」

「これが落ち着いていられるか!」

「………」

「さては貴様ら! 宰相の回し者だな! 余を助けるなどと甘い事を言って、本当は余を陥れようと……」

 ナユタは両腕を伸ばし、マティアスの頭をぎゅっと自分の胸に押し付ける。

「マー君、落ち着いて。私の心臓の音が聞こえる?」

「う、うむ……」

「敵が狙っているのはマー君で、ルイスがいる限り、いきなり襲ってくる事はないはず。そしてマー君の命を奪わない限り、お姉さんも安心だと思っていていい。将来の皇帝陛下のお姉様だもの。マー君が皇帝になった時に恨みを買ったり、周囲の反感を買うような事はしないはず。それができないから、今まで無事で済んでいたはずだもの」

「………」

「だから、いい? マー君がしなきゃいけないのは、ゆっくり、時間をかけても、安全確実にヴィートコフ山に行き、無事に帝都に帰る事。お姉さんが心配なのは解るけど、急いでマー君の身に何かあったら元も子もないんだから。マー君はそれだけを考えて。いい?」

「う、うう……」

 マティアスの手がナユタの二の腕を叩く。

「く、苦しい……」

「わっ! ご、ごめん!」

 ナユタは慌ててマティアスの頭を解放する。

「大丈夫? つい夢中になって……」

「だ、大事ない……」

 マティアスは顔を真っ赤にして視線を逸らす。

 とりあえず大丈夫みたいだ、ナユタは安心して胸を撫で下ろす。

「そ、そなたの言いたい事は解った……」

「そなた、じゃなくてナユタよ。覚えて」

「わ、解った……ナユタ……」

 マティアスはしどろもどろに受け答えする。

 その顔はまだ赤いままだ。

 そんなにきつく締め付けた覚えはないんだけど。

 あと目を合わせてくれないのはお姉さん、ちょっと寂しいぞ。

「……そろそろ出発するのか?」

「うーん……今日は休みにして、出発は明日にしようかな?」

「え? い、いきなり?」

「ダメかな?」

「い、いや、構わぬが」

「でもまあ、一日ゴロゴロしているのもなんだし……剣の稽古でもしてみようかな?」

 あっけらかんと、ナユタは言った。

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