第二章その3
「その方ら、ラルダーン帝国の置かれた状況はどのように理解しておる?」
マティアスはそう尋ねてくる。
「その方ら、ってのは何よ。私にはナユタっていう名前があるのよ」
「む、そうであったか」
「で、こっちがアリスとルイス」
「………」
「以後、お見知り置きを」
無言で頭を下げるアリスと、如才なく応じるルイス。
「うむ、ナユタにアリスとルイス、であるな? しかと覚えたぞ」
鷹揚にうなずくマティアス。
黙っていれば天使みたいに可愛いのに、どうしてこんなこましゃくれた喋り方をするのかしら? とナユタは疑問に思う。
「で、帝国の置かれた状況であるが」
「えーと……前の王様が亡くなって、後継者をどうするかで揉めているんだっけ……?」
「王様ではない。皇帝陛下だ」
どうでもいいわよ、そんなの、と思いながら、言葉にはせずに胸の内にしまっておく。
「先の皇帝陛下……余の父上であらせられるが……が亡くなられて、本来なら長子であり、皇太子である余が次の皇帝に即位するはずだったのだ。しかし余が若輩である事を理由に、即位に反対する者が少なくないのだ」
マティアスは悔しげに顔を歪める。
「その急先鋒こそが宰相ミュランなのだが、父の代からの忠臣であり、奴の手腕がなければ帝国は立ち行かなくなる故、無下にも出来ぬ、という訳だ」
「うーん……」
「あやつめ! 余が皇帝に即位するのを認めないなら、誰が皇帝になるのだと尋ねたら、ぬけぬけとこう答えおったのだ。自分が余の姉上と結婚して、皇帝に即位する、などと抜かしおったのだ!」
「うわ……」
マティアスが若輩であるという弱みに付け込んで自分が皇帝の座を狙うとか、色々と酷すぎる話だ。
なのだが……。
「あやつなどに姉上を渡してなる物か!」
「あー……それは当人の気持ち次第なんじゃ……」
「姉上も嫌がるに決まっておる!」
それはただのシスコンなんじゃ……?
「ミュランの奴めは父上よりずっと年上の老人なのだ! 釣り合いが取れぬ! 姉上に相応しくない!」
訂正。シスコンとか言ってる場合じゃなかった。
「それで皇太子様がどうしてこんな国境近くの村にいるの?」
「それはだな、ラルダーン帝国の初代皇帝は霊峰ヴィートコフ山に登り、山頂に祀られた聖剣を手にして帝国を建国したという伝承があってな。代々の皇帝は一人でヴィートコフ山を登り、即位の前に聖剣を模した剣を山頂に捧げるという儀式を行っているのだ」
「何それめんどくさ……」
「………」
「……なんて言わないから安心して」
「言ってるではないか」
「いいから話の続き早く」
「儀式を行って余を皇帝だと認めさせなければならないのだが……連れてきた護衛がみな宰相の息がかかった者で、山を登っている最中に余を暗殺するつもりなのだ」
「………」
「偶然、それを立ち聞きした余は急いで逃げ出してきたのだが見付かってしまい、あわや捕まってしまう所でそなたらに助けられた、という訳だ」
「うわ……」
何やらヘビーな話になってきた。
「とにかく、姉上は余が守らねばなぬ。守らねばならぬのだ……!」
マティアスは言葉では力強く言うが、肩が震えているのをナユタは見逃さなかった。
小生意気な口の利き方をしていても、実際は十四歳の少年に過ぎないのだ。
強がってはいても内心では恐くて恐くて仕方がないに違いない。
「そなたらを見込んで頼みたい事がある。追っ手を退け、余をヴィートコフ山の山頂に連れて行ってもらいたいのだ」
「………」
「何を躊躇っておる? 次代のラルダーン帝国皇帝たる余が直々に頼んでおるのだぞ? 光栄に思わぬのか?」
「………」
ナユタはたっぷり沈黙を保った後、口を開く。
「少し……考えさせていただけないでしょうか?」
「え……? ど、どうしてだ? そうか、褒美が欲しいのか! 褒美なら思いのままだぞ! 何せ帝国の恩人であるからな! 望むなら金でも名誉でも領地でも爵位でも好きなだけくれてやる!」
「……殿下」
ナユタは短く、低い声で告げる。
「先に休ませていただきます」
ナユタはイスを立つと、さっさと歩き始める。
「どうしてだ! 余は皇帝にならねばならんのだ! 姉上を救わねばならんのだ!」
少年の悲痛な叫びがナユタの背中に突き刺さった。




