第二章その2
「みなさん、ただ今、戻りました……って何やっているんですか?」
「あ、お疲れ様」
酒場に入ってくるなり呆れ顔を浮かべるルイスに、ナユタは片手を挙げて応える。
疲れの余り、ナユタとマティアスがテーブルに突っ伏していて、その横ではアリスが平然と紅茶を飲んでいる。
「部屋は取っといたから安心して」
「はいはい」
「ルイス、追っ手は?」
アリスが尋ねる。
「ちょっと痛い目に遭わせておきましたから。僕が側にいる限り、マティアス殿下に手を出してくる事はないと思いますよ」
「ふーん……」
気のない返事をしながら、ナユタは内心では舌を巻いていた。
完全武装の騎士が恐らく数十人はいたはずだ。
それを素手で撃退するとはどういう事だろう。
人は見かけによらないと言うが、もはやその枠を越えて人間離れしていると言わざるを得ない。
「本当は一人残らず足腰立たなくしておきたかったのですが……見切りの良い奴らで、残念ながら逃げられました」
「それは仕方がない。ルイスには制限がある」
「………」
もう何かを言う気力もない。
「さて、次は殿下からお話を聞きませんとね」
ルイスが意地悪く言うと、マティアスはテーブルに突っ伏したまま、びくっと身体を動かす。
「僕らはそれぞれ命がけで殿下を助けてさし上げた訳ですから、殿下の置かれた境遇について話を聞かせていただく権利くらいあると思いますがね? それとも下々の者に話す事はないと?」
「ちょっとルイス、何よその言い方は。脅迫してるみたいじゃない」
ナユタはルイスの目に余る言い草に、言葉を荒げる。
「この失礼なおじさんの言う事は気にしないで」
「おじ……」
ナユタがマティアスに話しかける横で、ルイスは表情を引き攣らせる。
「話したくない事は言わなくていいわ。でもね、話してくれれば私達で協力できる事があるかも知れない……ね? だから話してくれないかな?」
ナユタは幼児に言い聞かせるように優しく語りかける。
「女……」
マティアスの口から低い声が漏れる。
ようやく口を開いたかと思えば、尊大な言葉遣いでまくし立てる。
「そこの女、助けてくれた事には礼を言うが、言葉遣いを弁えよ。余はラルダーン帝国の唯一正統な後継者、皇太子マティアスであ……」
「知るかそんなの」
ずべし、とナユタの手刀がマティアスの脳天に突き刺さる。
「い、痛い! 痛いではないか! 舌を噛む所であったぞ! 父上にもぶたれた事がないのに!」
「うるさいわね。私達はラルダーン帝国の人間じゃないし、皇太子だかなんだか知らないけど、今ここでは私達が年上で、あなたは助けられた子供なのよ? 解る?」
「う……そ、それは確かにそうだが……」
「良いからお姉さん達に話してご覧なさい。力になれるかも知れないから」
「よ、良いのか……?」
「子供はいつでも大人に頼って良いのよ」
「余は今年で十四歳である! 子供ではないぞ!」
「子供じゃない。私は十八歳だもの」
「大して変わらぬではないか」
「変わるわよ! 大違いよ!」
ナユタとマティアスは不毛な言い合いを繰り広げる。
ふと見ると、アリスが眩しそうに目を細めて、ルイスは呆れたように肩を竦めていた。




