第二章 皇帝への旅路
「ナユタさん、あなたもしかしてバカなんですか? あのタイミングでバカみたいに大きな声で驚くなんてバカにしか出来ない芸当ですよ? しかもダルトン氏の時も同じでしたから、初めてでもないのに」
「うるさいわね! 二回目くらいで慣れる訳ないでしょ! 知ってるなら前もって言っといてよ!」
マティアス皇子の手を引きながら走るナユタは、すぐ後ろから飛んでくるルイスの罵声に答える。
そのまた後ろからは大勢の騎士の怒声が届き、その数は少しずつ増えているようだ。
恐くて振り返る勇気も、またそんな余裕も欠片もない。
「ねえアリス、大丈夫なの? このままだともうすぐ追い付かれちゃうわ」
ナユタは先頭を走るアリスに尋ねる。
アリスとルイスは疲れ知らずに走り続けているし、ナユタもまだ体力は残っている。
しかしマティアスの方は深刻だ。
ナユタに手を引かれていなければ、すぐにへたり込んでしまうのは確実だ。
決して広くない村の中だ。
いくら逃げ回った所で限界がある。
「問題ない。全ては私の想定通りに動いている」
アリスの静かな声が今は頼もしい。
そうだ、アリスは五感に依らず周囲の状況を把握する能力を持っている。
村のどこに誰がいてどう動いているか、常時把握しているに違いない。
「騎士達がみんな私達の後ろを追いかけてくるように誘導した。後は……」
一行は狭い路地を抜け、そこで最後尾を走っていたルイスが不意に立ち止まる。
「ここは僕が食い止めます。みなさんはアリスと一緒に逃げて下さい」
「一人じゃ無理よ! 相手は大勢なのよ!」
「ルイスなら問題ない」
アリスが言う。
「この文明レベルの相手であれば、何人たりともルイスを傷付ける事は出来ない」
「文明……レベル……?」
ナユタの脳裏にはてなが浮かぶ。
何となくマティアスの方を見遣るが、こちらは会話している余裕さえないようだ。
「後はルイスに任せておけば安心。私達は先に宿を取って休む」
「はあ……」
悠々とすぐそばの宿屋に歩いて行くアリスに、ナユタは信じられない思いで付いて行った。




