序章
お待たせしました!
「妄執世界のアリス」第二部「少年皇帝の岐路」別名「ナユタおねしょたハーレム編」ついにスタートです!
サブタイトルがすでにネタバレの気がしますが、気にするな!
ある朝、アリスが目にしたのは、首を吊った十二歳の自分の小さな身体がぶらぶらと揺れている惨状だった。
今もはっきりと覚えている。
未来からやってきた自分に目を輝かせた、十二歳の自分を。
美しく成長した自分に、未来を予測する能力を手に入れた自分に、高性能AI、TYPE-ALICEを開発して世界を一変させた自分に、完全な不老とほとんど完全な不死を手に入れた自分に、時間遡行さえ成功させた自分に、そう遠くない未来の自分の輝かしい姿に、興奮を隠そうともしなかった。
そしてそれが少しずつ絶望に曇っていく。
TYPE-ALICEが人類を滅亡に追いやった事、それをなかった事にするために時間遡行の技術を開発し、過去に戻ってきた事。
ひとつひとつ話す度に、十二歳の自分から希望が失われ、絶望が取って代わっていく。
そして自分がやってきた一切を諦め、普通に歳を取り、普通に死んでいって欲しいと伝える頃には、怒りを露わにした。
自分だけやりたい事を好きなようにやって輝かしい姿を手に入れたのに、私にはそうするななんてずるい!
そして自分の手で実現する! と言い出す。
しかしそこは過去の自分がすでに通った道だ。
能力をフル活用すれば、十二歳の自分の先回りをし、研究の妨害をする事など簡単な事で、その傍ら説得を続けた。
そして……その結果がこれだ。
十二歳の自分の首吊り死体だ。
しかしこれで人類の滅亡は避けられる。
胸の痛みと共に、アリスは安堵した。
自分が犯した罪を償う事が出来た……そのはずだった。
およそ百年後、別の科学者がTYPE-ALICEとほぼ同種の高性能AIを開発し、二百年ほど遅れただけで、結局人類は同じように滅亡してしまった。
アリスは呆気にとれた。
自分が人類を滅亡に追いやった訳ではなかった。
ただ滅亡を早めただけだったのだ。
だからといって、自分のせいではありませんでした、めでたしめでたし、という訳にはいかない。
アリスは再び時間遡行すると、また過去の自分を死に追いやり、これからTYPE-ALICEとほぼ同種の高性能AIを研究するはずの科学者も同様に死に追いやっていく。
しかし一人の科学者の研究を闇に葬ればまた次の科学者が、それを闇に葬ってもやはり別の科学者が、という風に、いずれ人類を滅亡に追いやる高性能AIは何度でも何度でも生み出される。
失敗する度にアリスは時間遡行してやり直すが、何度やり直しても高性能AIは生み出される。
アリスはふと「フェルマーの最終定理」にまつわる逸話のを思い出す。
十七世紀フランスの数学者ピエール・ド・フェルマーはとある数学の定理に関して、「驚くべき証明を見付けたが、この余白はそれを書くには狭すぎる」と書き残した。
これは「フェルマーの最終定理」と呼ばれ、フェルマーが証明を書き残さなかったばかりに後世の数学者達を悩ませ続け、完全な証明が為されるまでおよそ三百六十年の月日を要した。
このエピソードはひとつの事実を示唆する。
たとえ歴史的事件を回避した所で、世界の修正力のような物が働き、後日、同じような事件が発生するのではないか?
もっとも、証明を書き残さなかったフェルマーが本当に証明に成功していたのかどうか、誰も知り得ないのだが。
アリスがどんな手を打っても、時間遡行の後に考え得る全ての選択肢を埋め尽くしてなお、人類滅亡が回避出来ないという事態に至って、ようやくひとつの結論に至る。
文明の進歩は最終的に高性能AIの開発に至り、必ず人類を滅亡に追いやる。
ならば文明の進歩その物を遅らせるか、可能なら止めてしまうしかない。
アリスはさらに過去へと時間遡行し、人類の歴史と文明自体に反旗を翻す事を決意する。
それは今まで何度も繰り返してきた、比較的新しい時代への時間遡行とは比べ物にならない、過酷な戦いを強いられるに違いない。
そこでアリスは自分の身を守るため、そして自分の決意が挫けそうになった時に支えるため、TYPE-ALICEの最終形態というべきAIを搭載したアンドロイドを開発し、自分の従者として同行させる事にした。
自分と同じアリスという名前を持つ少女を不思議の国へ誘い、その物語を「不思議の国のアリス」という稀代のベストセラーとして仕上げた男の名前にちなみ、ルイスと名付けた。
人類を滅亡から救うため、アリスは科学と歴史と文明への叛逆を始める。




