表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妄執世界のアリス  作者: 千里万里
第一部 夢見るアリス
40/124

第五章その5

「助けてよ! お母さんはまだ生きているんだ!」

 教会全体に響く少年の悲痛な叫びに、ナユタは治療の手を止めてはっと顔を上げる。

 見ると、トリアージを行なうアリスの元に血を流す女性が寝かされている。

 叫び声を上げた少年の母親だろうか。

 顔からは血の気が失せ、遠目にも危険な状態にあるのが見てとれた。

「大量出血による血圧低下、意識混濁、多臓器不全……この世界にはまだ存在しない輸血なしに救命は困難……」

 アリスは淡々と説明するが、母親を亡くそうとしている少年が納得するはずもない。

「まだ死んでない! 生きてるじゃないか! 息だってしてるし、手をぎゅっと握ると笑って握り返してくれるんだ!」

「………」

「お願いだ……まだ助かるかも知れないじゃないか……たった一人の家族なんだ……見捨てないで……手遅れだなんて言わないでおくれよ……」

「ですが……あなたのお母さんは……もう……」

 少年の悲痛な訴えも、アリスの反論も次第に弱々しく、消え入りそうになっていく。

 ナユタは立ち上がると、少年を背中からそっと抱き締める。

「ごめんなさい……」

「………」

「アリスも本当はあなたのお母さんを助けたいの。治療に全力を尽くして、何もかも擲って、あなたのお母さんを助けたい。でもそれは出来ないの。他の助かる人を助ける事が出来なくなるから」

「………」

「アリスだって辛いの。辛いのを我慢して、あなたのお母さんを見捨てようとしているの。好きでこんな事をしているわけじゃない。辛くても、誰かを助けるために必要だから、そうしているの」

「………」

「ごめんなさい……他に何も言えないけど、ごめんなさい……あなたのお母さんを助ける力が私達になくて……」

「ううっ……お母さん……お母さん……」

 少年の口から嗚咽が漏れる。

「いい子ね……だからお母さんに最期のお別れを言って。お母さんが安心して天国に行けるように……」

 いつしかナユタも目に涙を溢れさせていた。

 母親は自分の息子に手を握られ、アリスとナユタに看取られて、安心したように優しく微笑んで……そっと息を引き取った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ