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妄執世界のアリス  作者: 千里万里
第一部 夢見るアリス
39/124

第五章その4

「儂が後回しというのはどういう事だ!」

 教会中に響いた怒鳴り声に、誰もが思わず振り返る。

 声の主は身なりのいい、太った中年男性だった。

「後回しという言葉の意味くらい誰にでも解りますよね? 特別な意味なんて何もありませんよ?」

 対応するのはルイスだ。

「それくらいわかっとる!」

 中年男性はなおも声を荒げる。

「ここには一刻を争う重傷者が大勢担ぎ込まれています。足を挫いただけのあなたは軽傷もいいところです。後回しになるのは当然ですよね?」

 ルイスの説明を受けて、そこかしこから苦笑や失笑の声が漏れる。

 やれやれ、またかよ、といった雰囲気の。

「儂はこの街の有力者だぞ!」

 中年男性は顔を真っ赤にして怒鳴る。

「商売を手広くやっているし、山のような財産も築いた! そんな儂を蔑ろにするのか!」

「商売? 財産? 街がこんな状態で、それが役に立つと思っているのですか? 医薬品でも食料でも提供して、ここにいるみなさんのために役立ててくれるというのなら、優先的に治療するのもやぶさかではありませんが」

「ぐ、ぬ……」

「出来ないのでしょう? 財産は奪われたか、焼失したか、ですよね? でなければ有力者であるはずのあなたがこんな街外れの教会に一人で来るはずありませんよね?」

「ええい、もういい! お前じゃ話にならん!」

 中年男性はルイスを押し退けると、重症患者の治療に当たっている医者の元へ押しかける。

「おい、そんな貧乏人より儂を先に治療しろ!」

 ルイスはその背後に歩み寄ると、喉元に手を当てる。

「重症患者の治療を妨害する事は未必の故意による殺人に該当し、正当防衛を発動する条件を満たします。最優先で治療を受ける必要がある身体か、あるいはこれから一切の治療が必要ない身体になりたくなかったら、大人しくしている事です」

「うぐぐぐぐぐっっっっっ!!!!!」

 押し殺した怒りのあまり妙な唸り声を上げて、中年男はしぶしぶ引き下がっていく。

「ああ、ちょっと待って下さい」

「何だ!」

「ちょっと奥の部屋から包帯を持ってきて下さい。子供でも出来る簡単なお使いですから、街の有力者であるあなたに出来ないはずがないですよね?」

「………」

 もはや言い返す気力も失い、中年男性は包帯の場所だけ確認してすごすごと逃げるように奥の部屋に歩いて行った。

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