第五章その2
アリスの手を引いたナユタが辿り着いたのは、街外れにある古びた教会だった。
開け放たれたままの入り口から飛び込むと、普段は静謐であるはずの教会の内部は、運び込まれてきた死傷者で溢れかえっていた。
むせ返るような血の臭いが充満し、大切な人を喪った嘆きの声と、喪われていく命を必死に繋ぎ止めようとする怒声が飛び交っていた。
「これがあなた達がやった事の結果の、少なくともその一部よ」
ナユタは息を整えながら告げる。
「あなた達がどういう気持ちでいるのか、何をしたいのか、私には解らない。でも人類を滅亡から救うというのが本当なら、本当に人類を救うつもりがあるなら……あなた達が巻き込んでしまった人達に責任を取らなきゃいけないはずよね?」
「それがどうしたというんですか?」
ルイスがせせら笑う。
「ここにいる有象無象が生きようが死のうが、人類の滅亡には何ら影響を及ぼさない事は明白です。それとも……」
「………」
「救助しないと、あなたがアリスの目的を阻むとでも? あなたにそんな力があるというのですか?」
「………」
そんな力などあるはずもない。
ナユタは所詮ただの村娘でしかないし、それを自覚していた。
だからこそ自分にできる事を意識し、その上で言葉を選ぶ。
「軽蔑する」
ナユタはルイスの視線を物ともせず、真っ直ぐに見つめ返して答える。
「確かに私にはあなた達を止める力はない……でもあなた達を心の底から軽蔑する。人類を滅亡から救うと言いながら、目の前の傷付いている人から目を背けるあなた達を、私はただ、心の底から軽蔑する」
ナユタはそう言うと、自ら負傷者の群れに飛び込んでいく。
「すみません! 簡単な手当なら私にもできます! 手伝わせて下さい!」
そんなナユタを遠目に見遣りながら、ルイスは呆れたように肩をすくめる。
「やれやれ。無力な一般市民をいくら救ったところで世界に何の影響もありませんのに……さ、アリス、行きましょう。私達にはまだやらなければいけない事が……」
「……未来予測シミュレーション完了。現在位置にて治療行為のサポートを行なった場合の影響はごく軽微と計算される」
無機質な声でそう告げると、アリスは静かに前に進み出る。
「トリアージを行なう。ルイス、手伝って」
「どうしてそんな無意味な事を……」
「ルイス、お願い」
「………」
アリスの縋るような視線に、ルイスの方が根負けする。
ひとつため息をつく。
「ああ、いいですよ。やりますよ。アリスがやるというならやりますよ」
「医療体制……設備……医療品……医療従事者練度……患者負傷程度……状況掌握完了。これより、トリアージを開始する」
アリスの無機質な声を受け、ルイスが動く。
「怪我をされた方は、まずこちらに来て下さい! こちらで怪我の程度を判定し、治療の優先度を決定します! 重症の方は医療知識のある方の所へ! 軽傷の方はそれ以外の方の治療を受けていただきます!」
トリアージが始まる。




