第五章 瓦礫の中にて
気が付くと、ナユタは澄み渡る青空の下に放り出されていた。
「お疲れ様でした、ナユタさん」
ナユタが状況を把握するより先に、声が聞こえてきた。
飄々としたその声に恐る恐る振り返ると、ルイスの酷薄な笑顔があった。
その顔がこれほど憎々しく思えた事は今までなかった。
辺りを見回して、アリスも一緒にいる事と、街からそれほど離れていない場所に転送されたらしい事が解った。
「アリスがあなたに課した仕事は終わりました。これであなた達を助けたアリスへの報酬の支払いは終了しました。あなたは晴れて自由の身です」
そしてルイスは付け加える。
「もう帰っていいですよ」
「………」
「もしかして一人では帰れませんか? それなら村まで送っていっても構いませんが」
「待って」
ナユタはルイスの言葉を制する。
「あなた達は……私にダルトンさんを殺させるために……そうなるように仕向けたの……?」
沸々と怒りがこみ上げてくる。
膝の上で拳を固く握り、肩を震わせていないと、怒りに我を忘れて殴りかかってしまいそうだ。
「ダルトンさんは……すごく優しくて、街の人やみんなの事を大切にする、とても素敵な領主だったのに……死ななきゃいけないような事は何一つしていなかったのに……!」
瞳から熱い涙が溢れて頬を伝う。
ダルトンを亡くした悲しみ、殺した者への怒り、そしてそれに加担させられた悔しさ……感情が入り交じって、涙に姿を変えて溢れ出す。
「それなのに……それなのに……私がダルトンさんを……」
「あなたではありません」
ルイスがナユタを制する。
「勘違いしないでいただきたい。ダルトンや街のみなさんを殺したのはあなたではありません。アリスです。アリスがそう仕向けただけで、あなたには何の責任はありません」
「………」
「他の誰でもない、アリスがその責任において実行し、アリス一人が背負うべき罪悪なのです」
「………」
ルイスはきっぱりと言い切る。
「どうしてこんな事を……」
「世界影響指数、七十五・〇二三ポイント」
ぽつりと、アリスはそんな言葉を漏らす。
「世界えい……何?」
「ナユタの先程の言葉を肯定する。ダルトンはこの世界で最も善き王になり、この世界を平和かつ誰もが幸福を享受する素晴らしい世界にする可能性が高い人物だと評価していた」
アリスはなおも淡々と続ける。
「だから殺した。そうなるように仕向けた」
「………」
ナユタは混乱する。
混乱しながら、それでも必死に考えをまとめ、疑問を口にする。
「アリス……あなた、確か『人類を滅亡から救う』って言ってたわよね?」
「うん」
「あれは嘘だったの? 良い王になるはずだったダルトンさんを殺す事が、どうして人類を滅亡から救う事になるの?」
「私はこことは違う世界から来た」
アリスはナユタの疑問に、直接は答えない。
「その世界はこの世界よりはるかに発展した世界だった。科学技術と文明と経済が発達し、人々は平等の権利を保証された世界だった」
「………」
「私はその世界で人類を滅亡させた。いや、正確を期すなら、避けられない滅亡を早めた。だから滅亡を回避するために時間遡行をしたが、何度繰り返しても結局は滅亡を回避する事はできなかった」
「………」
「その試行錯誤の繰り返しの中で、恐らくは時空間パラメーターの演算ミスによって、私は偶然この世界に来た」
「………」
「この世界は私が生まれた世界の、中世ヨーロッパと呼ばれる時代区分に酷似している。という事は即ち、この世界も私が生まれた世界と相似の道を辿り、相似の未来へと至ると私は確信している」
「アリス……解らないよ……あなたが何を言ってるのか、私にはさっぱり解らないよ……」
ナユタは途方に暮れる。
「私が生まれた世界でも、人類が滅亡する寸前でも、私の他には誰も解らなかった」
アリスは、つと視線を逸らす。
「この世界の人間であるナユタに、理解できるはずもない」
「………」
それは拒絶、あるいは断絶という物だった。
ナユタはそう解釈した時、ナユタの中にあった困惑はスイッチが切り替わり、怒りへと姿を変える。
「無駄話はもう良いですか?」
そこにルイスが割って入る。
「無駄話……だって?」
「ええ、無駄話です。ダルトンは死んだし、ナユタさんにアリスの事は理解できません。それならこれはもう、終わった話なんです。終わった事を話すのは無駄以外の何物でもないでしょう?」
ルイスの言葉を、ナユタは半分も理解できていなかった。
しかし間違いなくルイスのその言葉で、ナユタの中で何かがかちりと音を立てて切り替わった。
ナユタは勢い良く立ち上がると、無造作にアリスの腕を掴む。
「アリス! 来なさい!」
ナユタは言い放つと、アリスの腕を引いて大股に歩き始める。
されるがままに立たされたアリスの表情も、声も、ナユタには見えない、届かない。
ただ心の中に生まれた激情に命ぜられるままに、ひたすら足を動かして突き進む。
ついさっき逃げてきたばかりの街に向かって。




