第四章その14
目の前にいるナユタの姿が歪んで見える。
少し前まで普通に見えていたはずなのに。
「だから……! だから、生きて!」
その言葉だけを残して、ナユタの姿はかき消える。
魔法陣が発していた光も収まり、ダルトンは一人、暗い部屋に残されていた。
「………」
気が付くと、右手を宙に伸ばしていた。
まるで消えたナユタを惜しむように。
「……終わりましたか?」
冷静な声に現実に引き戻され、ダルトンは振り返る。
いつからそこにいたのか、メイド長のドロシーを筆頭に、完全武装の兵士達が集まっている。
笑顔の者は一人もいない。
一人残らず死を覚悟した、澄み切った表情をしている。
「ああ、終わった」
ダルトンは未練を断ち切るように首を振り、答える。
「メイド達を始め、戦えない者達はみな逃がしました」
ドロシーが報告する。
「お前も逃げれば良かったのに」
「何をおっしゃいますか。ダルトン様が良いお相手を見付けるまで、私も結婚しないと決めているのです。だからダルトン様に先に死なれると、私まで未婚のまま死ぬ事になるのです」
「面倒くさい奴だなあ……まあ好きにするといいさ」
すでに街の中には大勢のグロモフ軍の兵士が侵入し、略奪の限りを尽くしている。
ケダモノのような彼らを一人でも多く駆逐し、逃げ遅れた領民を一人でも多く救い出す。
命の限りそれを続けるのが領主としての最後の仕事だと、ダルトンは決めていた。
そしてダルトンに最期まで付いていくと決めた者だけがこの場に残っていた。
「行くぞ!」
「はっ!」
ダルトンの声に、一同は応える。
生還を期さない最期の戦いに、彼らは踏み出した。




