第四章その13
ダルトンに手を引かれ、ナユタは城内の廊下を歩く。
歩くと言っても、足早に歩くダルトンの方が歩幅が広いため、ほとんど転びそうになりながら付いていくのがやっとだったが。
「あ、あの、ダルトンさん、どこに行くんですか?」
「………」
ナユタが尋ねても、ダルトンは答えを返すどころか振り返りさえしない。
手を引いて歩き始めた時の、妙に殺気立った顔が頭に浮かぶ。
地下に向かっているのは確かだが……街の中に敵軍が侵入したという報せが入ったばかりだというのに、どこに連れて行こうというのだろう?
「ここだ。着いたぞ」
扉の前に着いた。
ダルトンは鍵を開けてから扉を開くと、ナユタを招き入れる。
「これは……」
部屋の中心の床には、大きな魔法陣が描かれており、青白い光を明滅させている。
それ以外には家具らしき物も何もない、殺風景な部屋だ。
「転送の魔法陣だ」
「転送?」
「ずっと昔、この城が出来た時に当時の領主が大枚はたいて作らせた物らしい。こいつを使えば城の外に脱出できる」
「すごい! そんなのがあるんですね!」
「ナユタはこれを使って、城から脱出して欲しい」
「え? 私が? いいんですか? っていうか大丈夫なんですか? 何年も使ってないから私で試してみようって言うんじゃないでしょうね?」
「大丈夫だ。何年か前に試してみた時は大丈夫だったから、今度も大丈夫だ……多分」
「多分って何ですか! 多分って!」
「いいから、真ん中に立ってみろ」
「真ん中に……? はあ……」
結局、ナユタは素直に魔法陣の真ん中に進む。
すると魔法陣の外周から天井に向かって青白い光が立ち上がる。
「すごい! ちゃんと動いてます!」
「だからそう言ったろ」
「えっと、私は一足先に転送された先で待っていれば良いんですよね? ダルトンさんやドロシーさんもすぐに来るんですよね?」
「ひとつ問題があってな」
光の壁越しに、ダルトンは苦笑いを浮かべる。
「その転送の魔法陣、一度使うと次に使えるようになるのは一週間後なんだ」
「え?」
「笑わせるよな。追っ手を食い止めるためだろうが、臣下の者は置き去りにして、自分一人だけが逃げられるようにできているんだ。臣下を犠牲にして自分だけ生き残るのがイヤだから、どうしても使うつもりになれなかった」
「………」
「しかし今は解る。こいつを作った奴は、大切な奴一人を逃がして、自分は最期まで戦って命を落とすつもりで作ったんだ」
ナユタは唐突に理解し、そして愕然とする。
最初は疑問に思っていたのに、すぐに思い出す事もなくなっていた。
アリスが自分をここに送り込んだ理由、そしてアリス自身がグロモフの軍に参加して攻め込んできた理由……。
ダルトン自身にこの装置を使わせないため、ナユタを逃がすために装置を使わせ、ダルトンの最後の逃げ道を封じるため……そう考えれば全ての辻褄が合うのだ。
野盗からナユタ達を救ったのも、酒場で働かせたのも、城で働くように仕向けたのも……みんなみんなダルトンの命を奪うための布石だったのだ。
「ナユタ、お前がせっかく忠告してくれたのに、俺が耳を傾けなかったばっかりにこんな結果を迎えてしまったんだ。俺の驕りと慢心が招いた結果なんだ……俺に一人逃げる資格はない」
「………」
「大切な人のために命を捨てて戦う……そんな気持ちにさせてくれたのはお前なんだ。だからお前に逃げて欲しい。逃げて、俺の一生が無駄ではなかったと、誇らしい気持ちで最期まで戦わせてくれ」
自分はダルトンにこの装置を使わせないためにここに送り込まれたから……あなたは誰からも慕われる素晴らしい領主だから……様々な想いがこみ上げてくるのに、言葉が喉に支えて出てこない。
「だから……どうか俺の分まで……」
「ダメです!」
ナユタは叫ぶ。
「私を守って死ぬですって? いつ誰がそんな事を望んだんですか? 一人生き残る人の気持ちも考えないで、勝手な事言わないで下さい! だから……! だから……!」
零れ落ちる涙のためか? いよいよ発動する魔法の影響か? ダルトンの姿が滲んで見えない。
それでもナユタは溢れ出す感情の中から一番言伝えたい言葉だけを選び、絞り出す。
「だから……! だから、生きて!」
その瞬間、世界は暗転する。




