第四章その10
ダルトンがナユタに手を引かれるままに辿り着いたのは、食堂だった。
しかし中の様子はいつもとはすっかり様変わりしていた。
やたらと長いテーブルは撤去され、代わりに丸いテーブルが幾つも設置されている。
それぞれのテーブルには料理と酒が並び、普段着を着た城の人間が囲んでいて、賑やかに談笑している。
テーブルの間を駆け回るメイド達は、給仕服か普段着だった。
「これは……」
まるで街の酒場だった。
「さあ座って下さい、ダルトンさん」
呆然とするダルトンの背中をぐいぐいと押して、ナユタは空いているテーブルに着かせる。
「お酒はどれにしますか? あ、でも飲み過ぎはダメですよ? あと料理も用意できますけど、メニューはちょっと限られてて……」
「こんな事をしている場合かっ!」
ダルトンは両手でテーブルを叩いて立ち上がる。
その激しい剣幕に、一同は黙り込む。
「明日にもグロモフの軍が攻め込んでくるかも知れないんだぞ! こんな事をしているヒマがあったら、この街を守る方法を考えろ!」
「知ってます」
激昂するダルトンに、ナユタは静かに答える。
「街が危ないのはみんな知ってます。知っていて、集まっているんです」
「………」
「たとえ明日にも街がなくなってしまうとしても、みんな死んでしまうとしても、それまで私達は生きて、暮らしているんです。その事を忘れていいはずがないんです」
「………」
「ダルトンさん、自分を責めないで下さい。街を、みんなを守れなくても、今この幸せがここにあるのは、みんなあなたのおかげなんです」
「………」
「そして、あなたのための幸せなんです」
ナユタは優しく微笑む。
「本当は私だって、敵を蹴散らしてこの街を守りたいです。でも逆立ちしたってそんな事は無理だから……こんな事しか出来ないから……」
ナユタは涙ぐむ。
「こんな事、なんて言うな」
ダルトンは言う。
「集まってくれたみんなに失礼だろう。それに、こんなに嬉しい贈り物は他にない」
「ダルトンさん……」
「ありがとう、ナユタ。今はこの幸せを噛み締めよう」
ダルトンは改めて席に着く。
「いやあ、本当に領主様だったんですなあ」
「酒場の主人……」
「うちの常連客が領主様に雰囲気がよく似ているなあと思ってはいたんですが、まさかご本人だとは思いませんでした」
「黙っててすまなかったな。俺にも立場という物があってな」
「いえ、いいんですよ」
二人は笑い合う。
そこに割って入る者が一人。
「ダルトン様、ご注文は何になさいますか?」
「………」
「………」
「なあ、ドロシー」
「何でしょう?」
「給仕服を着ても、そんな仏頂面だと給仕失格だろ。嫁にも行けないぞ」
「余計なお世話です」
「そんなんじゃメイドくらいしか務まらないだろ。当分はうちでメイドやってろ」
「元より、最期まで務めさせていただくつもりです」
苦笑いを浮かべるダルトンに、あくまでも仏頂面を貫き通すドロシー。
「さあダルトン様、飲みましょう!」
「私の酒を飲んで下さい!」
「私のも!」
「おいおい、程々にしてくれよ」
臣下の者たちが集まってきて、たちまち揉み合いの騒ぎになる。
「ダルトンさん! ダルトンさん! これ! 付けて下さい!」
気が付けば押し合い圧し合いの中で身体を密着させたナユタがダルトンに何かを差し出す。
「いつの間に持ち出したんだ?」
呆れ顔で受け取ったそれを、ダルトンは自分の鼻の下に押し付ける。
「うん、やっぱり髭があった方がしっくり来ますね」
「ははは……」
「ダルトンさん、お願いがあります」
「何だ?」
「もうしばらくここにいさせて下さい。ここは私にとっても大切な場所なんです」
「………」
ナユタの言葉に、ダルトンは寂しそうに笑う。
迫り来る街の危機を忘れるように、幸せな時は賑やかに過ぎていった。




