第四章その9
ダルトンは一人、鬱々とした気持ちで私室に籠もっていた。
敵軍を侮った結果、三度も立て続けに敗北を喫した。
もはや敵軍を打ち破るだけの兵力は残されていない。
籠城するしか道はないが、それもいつまで保つか解らない。
油断があったのは確かだが、かといってこちらの伏兵の居場所を見抜き、こちらの軍の動きを的確に予測したような敵の用兵も不可解だった。
これまで何度となく戦ってきたグロモフの軍は普通の動きしかしなかったから簡単に対処できたが、それとはまるで次元の違う、神がかった用兵ぶりだった。
ナユタが話していた、グロモフの軍にいるという不思議な二人の話を思い出す。
そんな二人が指揮を執っているのなら、今までとはまるで違うグロモフの軍の動きも納得がいく。
ナユタがせっかく挽回のチャンスをくれたのに、それを無駄にしてしまったのかも知れない。
悔やんでも悔やみきれないが、確かな事は、これまで多くの兵を無為に死なせ、もはや領民を守るという領主としての最低限の義務さえ果たせそうにない事だ。
謝りたい。
ナユタに会って、謝りたい。
その一方で、合わせる顔がないという思いもある。
どちらにしろ、謝罪の機会はもう失われている。
ドロシーに命じて、城から出したのだ。
今頃、故郷の村への旅路を進んでいるはずだ。
だがそれでいい。
忠告も聞かずに自滅した領主失格の男の事など忘れて、慎ましくても幸せに生きてくれるなら、それでいい……。
その時、ドアをノックする音が響く。
ダルトンは立ち上がる気力もなく、そっとしておいて欲しいという気持ちで無視を決め込む。
しかしノックの音はドアを強く叩く音に変わる。
「ダルトンさん! ダルトンさん! いるんですよね? 開けて下さい!」
「!」
この城にいるはずのない少女の声に、ダルトンはイスから飛び上がる。
しかし今更どんな顔でナユタに会えるものかと悩んでいると、ドアが勢い良く開いた。
「なんだ、鍵が開いてるじゃないですか。不用心ですよ!」
「ナユタ……お前、どうしてここに……?」
「説明は後です! すぐに来て下さい!」
ナユタはダルトンの腕を掴むと、引っ張って部屋を出る。
「お、おい、どこに連れて行くんだ?」
「着けば解ります! でも良かった! ダルトンさんが見付かって!」
ナユタは聞く耳を持たず、脇目も振らず一心に突き進む。
ああ、あの時と逆だな。
ダルトンは不意に懐かしく、泣きたい気持ちになる。
ナユタと初めて出会った夜。
何かの予感のような思いに突き動かされ、喧嘩が始まった酒場からナユタの手を引いて連れ出したあの夜。
ほんの少し前なのに、もう戻れないあの夜……。




