第四章その8
ナユタは一人、夜の街に放り出された。
城からは自分の足で歩いてきたが、やはり気持ちとしては「放り出された」以外の何物でもなかった。
すでに街から逃げ出した人も多いのか、人通りは少なく、灯りの点いた窓もいつもより少ない。
何より、漂う空気が死んだように重い。
ナユタはふいに泣きたくなる。
初めて街に来た時には思いも寄らなかった。
この街が戦渦に巻き込まれる事も、そしてそれがたまらなく胸を締め付ける事も。
ナユタは街をふらふらと彷徨い歩く。
故郷の村への帰り方は教わった。
後は足を動かすだけだ。
自分に出来る事は何もない。
自警団にいたといっても、女の身である自分では男の兵士には敵わない。
村で農作業をしていた経験も、酒場で給仕をした経験も、城でメイドをしていた経験も役に立たない。
どうせ何の役に立たないなら、ダルトンの事も、ドロシーの事も、この街であった事はみんな忘れ、故郷の村で平和に暮らせば良い。
それがきっと正しい道なのだ。
だけど……だけどそれが悔しくてならない。
確かに一緒にいた時間は短いが、それでも大切だと思っている人達から、除け者にされたような気がして……。
去り際、ダルトンには会えなかった。
会わない方が良いと、ドロシーに言われたからだ。
結局、ダルトンにもドロシーにも「さよなら」を言えなかった。
無力な自分が情けなくて情けなくて仕方がない……。
「え……?」
ナユタは足を止める。
そこはいつもの酒場だった。
まだ煌々と灯りが点いている。
ナユタは駆け寄るとドアを押し開ける。
「あっ、あのっ!」
「おお、ナユタちゃんじゃないか。久しぶりだな。元気にしてたかい?」
酒場の中は客が一人もおらず、閑散としていた。
一人、ヒマそうにしていた主人が笑顔を浮かべる。
「逃げないんですか? もうすぐここにはグロモフの軍隊が来るんですよ?」
「それも考えたんだがな。今さら酒場の主人以外に出来る仕事はないし、逃げた先には働ける酒場はないしな」
「………」
「もしかしたら誰か来るかも知れないと思って店を開けてたんだがな。ナユタちゃんが来てくれて、開けていた甲斐があったよ」
「………」
「何か食べてくかい? 酒もあるよ?」
「………」
主人の温かい言葉が胸に染みる。
そしてようやく気付く。
どうしてこんなに胸が締め付けられるか。
決まっている。
この街が好きだからだ。
どうして「さよなら」を言えなかったのか。
決まっている。
大切な人と別れるのが嫌だったらだ。
この街を離れる事に納得していなかったからだ。
そして思い知らされる。
この街が、この街で出会った人達が、自分にとってどれほど大切になっていたのか。
みんなを助けるような力は自分にはない。
ただの村娘でしかない自分は確かに無力だ。
しかし出来る事があるなら、それが少しでも大切な人のためになるなら、躊躇わずにやるべきじゃないのか!
「あ、あの! お願いしたい事があるんです!」
「おう……一体どうしたんだい?」
ナユタが勢い込んで言うと、酒場の主人は若干引きながら、それでも笑って話を聞いてくれた。




